『2000年の桜庭和志』柳澤健😁🤔🤓

文藝春秋 423ページ 第1刷:2020年2月25日 定価1800円=税別

桜庭和志の試合はUWFインターナショナル時代、何度か会場の客席で観戦したことがある。
とくに印象深かったのは1996年3月1日、日本武道館での田村潔司戦。

ただし、この興行の売り物は新日本プロレスとの対抗戦で、メインイベントは新日本からIWGPベルトを借りていた王者・髙田延彦vs.挑戦者・越中詩郎という純然たるプロレスのタイトルマッチ、つまりフェイク。
Uインターのレスラー同士の田村vs.桜庭戦は第2試合に組まれており、完璧な前座扱いだった。

当時、Uインターはリアルファイトをやっている(少なくとも一度の興行の中に何試合かリアルファイトが混じっている)はず、と信じていたファンがまだまだ多かった中、総帥・高田と参謀・安生洋二は1995年の東京ドーム大会から新日本との対抗戦、という名の業務提携を決断。
リアルファイトを志向する田村は、このUインター首脳の〝プロレス回帰〟に異を唱え、新日本との対抗戦に出場することも拒否した、と当時のプロレスマスコミには伝えられていた。

そうした中で行われた田村−桜庭戦は、両選手がUインターならではのキックとサブミッションを駆使した息詰まる熱戦となり、8分42秒、足首固め(アンクルホールド)で田村が勝っている。
僕は当時、新生UWF以降の試合はすべてフェイクだと、ある格闘技ライターに聞いていたが、それでもこの素晴らしい試合内容に、周囲の熱心なファンとともに拍手を送った。

試合終了後、田村はニーガード、シューズ、膝のサポーターを外すと、四方の客席に向かって放り投げた。
なんだか、1980年代にミル・マスカラスがオーバーマスクを、スタン・ハンセンが麦わら製テンガロンハットを投げ込んでいた、いかにもプロレスラーらしいパフォーマンスのように見えなくもなかった。

この直後、ぼくの隣の席で見ていたHさんが、「田村は辞めるんだ。それであんなことを」とポツリ。
いまは故人となったHさんは髙田のスポンサーでもあり、田村のUインターからの離脱をしきりに惜しんでいた。

つまり、この試合の主役はあくまでも田村だった。
結果として田村の引き立て役に回った桜庭が、のちのような日本を代表する格闘家に伸し上がろうとは、Uインター関係者の誰も想像していなかったのである。

風貌もコメントも朴訥な桜庭が、プロレスラーとしては大成しないだろう、と見られていたのは仕方がないことかもしれない。
そういう時代に行われ、ぼくがたまたま観戦した田村−桜庭戦も、やはりプロレス、即ちフェイクだったのかという疑念は、観戦後の四半世紀近く、ずっと嚥下できないままだった。

だからこそ、あの田村vs.桜庭戦が紛れもないガチンコであったという記述に、やっと納得できたとともに、改めて感動させられた。
本書に関して、個人的には何よりも、この事実を明らかにしてくれた著者に感謝したい。

翌97年12月21日、〈UFC JAPAN〉のマーカス・コナン・シウヴィエラ戦は会場の横浜アリーナへ行くことができず、自宅でテレビ観戦
この試合に関しては、肝心の内容よりも、本書の帯のコピーにもなっている、「プロレスラーは本当は強いんです」という名セリフのほうがくっきりと記憶に残っている。

このときの桜庭は笑みを浮かべ、いままでにない余裕と貫禄のようなものを漂わせていた。
アントニオ猪木がお題目のように唱えてきた「プロレスは最強の格闘技である」という言葉にすがりついていたプロレスファンの心を、一見隣の兄ちゃん風の桜庭が、この一言で鷲掴みにしたのだった。

そして、桜庭最強説を確固たるものにしたのが、2000年5月1日、東京ドームでの〈PRIDE GRANDPRIX 2000〉におけるホイス・グレイシー戦。
サクマシンのマスクをかぶって登場し、107分ものロングファイトの末にグレイシー一族にタオルを投げ込ませたこの試合によって、プロレスと格闘技に対する認識を新たにしたスポーツファンも多かったはずである。

ただし、力道山以来のプロレスラー、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、ジャンボ鶴田、天龍源一郎、藤波辰巳、長州力、それに初代タイガーマスク・佐山聡といった面々と違い、桜庭はなかなか一般的には認知されず、その強さも凄みも十分理解されていなかったように思う。
これは総合格闘技がかつてのプロレスのように毎週のレギュラー番組として地上波テレビで放送されておらず、リアルファイトのUFCやMMAのルールや内容がわかりにくかったことが原因だろう。

そうした一般的読者に対して、本書は桜庭の進化と成長をつぶさに解説したのみならず、一見曖昧にしか見えなかったプロレスと格闘技の境界線を明らかにする役割も果たしている。
様々な意味で、文字通りジウジツ(柔術=充実)の一冊でした。

😁🤔🤓

2020読書目録
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※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😆😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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