東京スポーツ『球界平成裏面史2/巨人編②原監督たった2年で退団の巻』

東スポ創刊60周年記念の4月2日付紙面

きのうに比べて、急にタイトル、サブタイトルが妙に詳しくなりました。
これは東スポのMデスクと話し合い、内容がわかりやすいほうがいいだろう、ということで変更したもの。

だったら、最初からそうしろ、と言われるかもしれませんが、なにしろ取るものも取りあえず始めた連載なもので、後からいちいち修正が加わることも多々あると思います。
実際、第3回目の内容も、きょうの打ち合わせで変わっちゃったしね、それでこそ東スポだ!

さて、本日の第2回は、長嶋監督から原ヘッドコーチに直接禅譲が告げられた2001年(平成13年)9月27日夜の広島戦終了後、東京ドームの監督室から始まります。
原ヘッドはその直後、吉村現作戦コーチ、水沢打撃投手(のち原監督付広報担当)ら腹心たちとホテルニューオータニで〝緊急ミーティング〟。

翌日、帝国ホテルで入念なリハーサルを行って、東京ドームホテルの監督交代記者会見に臨んだ。
あのときの囲み取材で、ぼくはたまたま、原さんの正面の立っていて、質問の口火を切ったんだよね。

しかし、やっと念願の監督になったのに、まさかたったの2年で「え〜い、辞めてやる〜っ!」とちゃぶ台を引っ繰り返すとは思いませんでした。
その理由を原さん本人にお尋ねするまでには随分と時間がかかった。

この続きは本日の東スポ、大スポ、中京スポでお読みください!
なお、朝刊の九スポ掲載は一日遅れの明日になるそうです。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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