BS世界のドキュメンタリー『ソーシャルメディアの“掃除屋”たち 前・後編』(NHK-BS)🤔

The Cleaners 
前・後編計88分 2018年
国際共同制作(日本、アメリカ、イギリス、イタリア、ドイツ、スウェーデン、カナダ、デンマーク、スイス、オランダ、ブラジル、オーストリア)
初放送 前編:2018年10月9日0時〜、後編:同月10日0時〜
再放送 前編:同年10月23日17時〜、後編:24日17時〜
再々放送 前編:2019年11月2日23時〜、後編:3日23時〜

日ごろfacebookを使っていて、おや? と思ったことがある。
このホームページに掲載した映画『エマニエル夫人』(1974年)のレビューをアップしようとしたら、「不適切な画像が含まれている」としてアップを拒否されたのだ。

主役シルビア・クリステルが上半身裸で籐椅子に腰掛け、乳房が写っているだけの、取り立てて刺激的とも言えないポスターの画像だったが、「私たちはこのような性的表現を含む画像は掲載できないと判断しました」という。
仕方がないので、このレビューから画像だけ削除してアップをやり直した。

しかし、それより以前、コリンヌ・クレリーのセミヌードが使われている『O嬢の物語』(1975年)のブルーレイのジャケ写は問題なくアップされていた。
こちらは裸でも横から撮影されていて、乳房もお尻の割れ目も写っていなかったからかもしれない。

この何とも曖昧かつ恣意的な基準による画像の取捨選択、われわれの知らないfacebookの内側で、いったい誰がどのようにして行なっているのか。
その疑問に明解に答えてくれた上に、慄然とするような事実を突きつけてきたのがこのドキュメンタリー番組である。

facebookは画像や動画の保存や削除をフィリピン・マニラにある下請け会社に委託しており、ここで働いているコンテンツ・モデレーターと呼ばれる人たちが、自分の部屋やオフィスにこもりきりで画像をチェックしている。
彼・彼女らが画像を見ては、ほとんど機械的に”Delete”(削除)、”Ignore”(放置)と指示して、facebookに捨てられるものと残されるものが決まるのだ。

2016年1月、アメリカ・ロサンゼルス在住の芸術家イルマ・ゴアは、ペニスの小さなトランプ大統領の絵を描き、『アメリカをふたたび偉大にしよう』と題して、その画像をfacebookにアップした。
これが大ウケしてあっという間に数百万回も閲覧され、3日もしないうちに5000万シェアに達し、様々なソーシャルメディアのプラットフォームに拡散。

しかし、このトランプ画像を、マニラの女性モデレーターは「大統領の人格を貶めているから」と削除してしまった。
この女性は、モデレーターとして「最も致命的なミスは裸の画像を見逃すこと」であり、「おっぱいや男性器は決して許容できない」と断言する。

ところが、彼女自身は極めてウブで、性的表現や芸術に関する知識にも乏しく、モデレーターの仕事に就く前に研修を受けなければならなかったほどだった。
そういうモデレーターに作品の画像を削除された結果、ゴアがfacebookに開設していたページが閉鎖されたばかりか、ほかのSNSのアカウントまですべて使用できなくなったのである。

こうした規制は芸術作品や性的画像だけにとどまらず、シリア、トルコ、ミャンマーなど、テロリズムや民族紛争が起こっている国々から発信される画像や動画も対象にされた。
リビアの海岸に打ち上げられたシリア難民の子供の遺体、ミャンマーで虐待されている少数民族ロヒンギャの人たちが血だらけになった姿が、「不適切な画像」として世界中の人たちの目から隠されてしまうのだ。

モデレーターたちはシリア難民の子供を「洪水で死んだ子供」と勘違いし、全裸で逃げ惑う子供を写したベトナム戦争の有名な報道写真まで機械的に削除して、「すべてはfacebookのユーザーを守るためだ」と主張する。
彼らのほとんどは貧しい家の生まれで、いまも貧民街に暮らし、一生ゴミ拾いをして生きるのは嫌だからとモデレーターになった者も少なくない。

このような歪な情報統制システムが生まれた現状に、ソーシャルメディアを辞めた人たち、アントニオ・マルティネス(元facebookプロダクト・マネージャー)、ニコル・ウォン(元google、twitter法務責任者)らは警鐘を鳴らす。
2007年ごろからは、世界各国で政府がそうした規制に関わるようになり、SNSはますます厳しい管理下に置かれるようになった。

トルコのエルドアン大統領はクルド人勢力の行動を伝える画像や動画の取り締まりに乗り出した。
政府の要請を受けたウォンは、深夜2時までかかって67本の動画を削除した上、そうした動画がアップされてもトルコ国内ではブロックされるシステムを作らなければならなかった。

また、「表現の自由」を担当する国連特別報告者デヴィッド・ケイによれば、裏から手を回して政府にとって都合の悪い画像をアップしないよう圧力をかけている国もあるという。
2017年11月、アメリカ上院の公聴会に呼び出されたfacebookの法務責任者が、議員たちから情報統制の現状やヘイトスピーチの拡散をどう認識しているのかと問い詰められる場面も実に生々しい。

そうした中、毎日のように削除の対象となる画像を見続けているマニラのモデレーターたちから精神を病む人間が続出。
在宅勤務で自殺に関する動画ばかりチェックしているうち、とうとう自ら首を吊って死んでしまったモデレーターもいるという。

しかし、いくら深刻な問題が発生していようと、われわれはもはや、ソーシャルメディアのない世界へ戻ることはできない。
そう言う私自身、このレビューをfacebookやtwitterを通して拡散しようとしているのだから。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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