『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(WOWOW)

(I,Tonya/121分 2017年 アメリカ=ネオン 日本公開2018年 配給ショウゲート)

これは面白かった。
面白かったという以上に、いろいろと考えさせられる映画でもあった。

私のような仕事をしていると、世間で悪役視されている人物に直接会ってみたら、意外にも大変魅力的で、打ち明けられた話も非常に面白かった、という経験をすることが少なくない。
しかし、彼や彼女がやったことは明らかに一般社会の顰蹙を買っても仕方のない行為であり、いざ原稿にする段になって、自分の内部に生じた感情的矛盾をどのように整理し、文章化すればいいのか、頭を抱えてしまうのだ。

主人公トーニャ・ハーディング(現在48歳)が1994年のリレハンメル五輪の前に何をやった(と言われている)か。
もう四半世紀前の出来事(と、それほど昔になったことにいまさらながら驚く)にもかかわらず、日本でも覚えている人は多いだろう。

リレハンメル五輪の選考会だった全米選手権の直前、ハーディングの元夫ジェフ・ギルーリーが友人ショーン・エッカートを使い、ハーディングのライバルだったナンシー・ケリガンを暴行させた。
世に言う〝ナンシー・ケリガン襲撃事件〟で、右膝に大怪我を負ったケリガンは全米選手権に出場できなくなってしまった。

事件の首謀者ではないかと疑われたハーディングは、アメリカオリンピック委員会に五輪出場の資格を剥奪される危機に陥るが、法的報復に訴えることを示唆してリレハンメルへの出場を強行。
しかし、フリーの演技が始まって間もなく、靴紐が切れるアクシデントに見舞われてリンク上で号泣、あえなく8位に終わった。

一方、右膝を治療して出場に踏み切ったケリガンは銀メダルを獲得。
オリンピック後、〝スケート界最大の悪役〟にして〝世界的悪女〟のイメージが定着したハーディングは法廷で罪を認め、法的制裁を受けるとともに、全米スケート協会から1999年までの期限付きで選手とコーチの資格を剥奪された。

いまでも悪役としてしか語られていない半面、ハーディングは伊藤みどりに次いで世界で2番目、アメリカ人としては初めてトリプルルッツを成功させた天才的スケーターだったこともまた確かである。
どうしてこのような人間が出来上がったのか、この映画はハーディングに幼少期から暴力をふるい、スケートの練習を強要し続けた母親ラヴォナ・ゴールデンの存在に焦点を当てている。

このウェイトレスをやって稼いだ金をトーニャのスケート指導に注ぎ込み続けたシングルマザー、ラヴォナのキャラクターはまことに強烈。
4歳のトーニャを引き連れ、くわえタバコでリンクに踏み込み、コーチのドディ・ティーチマンをつかまえると、「ウチの子にスケートを教えなさい」と居丈高な態度で迫る。

長じてトーニャがジェフ・ギルーリーと知り合い、彼とつきあうようになると、ラヴォナは彼氏のいる前で「もうヤッたの?」などと平気な顔でトーニャに聞く。
さらにトーニャがジェフとの結婚を決めたら、祝福するどころか嫌味たっぷりに「初めての男と結婚するなんて気が知れないね」。

あげく、トーニャがラヴォナに反抗的な態度を示すと、頰をひっぱたいた上にナイフで腕を刺してしまう。
夫のジェフもまたDVが激しく、夫婦ゲンカになるとライフルを取り出してぶっ放していたほどだった。

そうした荒んだ私生活を送りながらも、ハーディングはめきめきと頭角を表し、ついにアメリカ人として初めてトリプルルッツを成功させる。
彼女がリンクへ向かう寸前、タバコを廊下に捨て、カバーのついたエッジで吸い殻を踏み潰す場面が非常に印象的だ。

本作の中で、トーニャはケリガン襲撃事件とは何の関係もなかったと主張し、罪を認めざるを得なかったのは、元夫の偽証に陥れられ、司法取引に応じるほかになかったからだ、と訴えている。
ケリガンとはスケートの遠征先でルームメートになったこともあり、当時から仲がよかったから、元夫に暴行するよう頼むはずなどない、というのだ(この場面ではケリガンもタバコ、もしくはマリファナと思しきものを吸っている)。

本作はトーニャら登場人物の証言をほとんどそのまま映像化しており、矛盾する部分についてはそれぞれ異なる映像を見せ、あえて結論をくだしていない。
物語の上で重要なカギとなるラヴォナは本作の製作当時から消息不明、実行犯のショーン・エッカートも10年前に他界しており、トーニャとジェフの証言を頼りに推測で補った部分も少なくないようだ。

そうした〝弱点〟があることを考慮に加えた上でも、本作は傑作である。
単に面白いという以上に、観ているうちにトーニャの魅力に惹きつけられ、気がついたら彼女を(単に興味を抱くという意味も含めて)好きになっている自分に気がつくはずだ。

これはひとえに、トーニャを演じるマーゴット・ロビーが彼女の人間像にある種の共感を覚え、愛情を持って演じているからこそだろう。
ロビーはプロデューサーも兼務しており、自分で資金を集めて製作に乗り出したというから、どれほどトーニャに入れ込んでいたかがわかる。

顔形はそれほどトーニャに似ているわけではないのに、開巻早々のテレビインタビュー場面では一瞬トーニャ本人かと見紛うほどで、ロビーはアカデミー主演女優賞にノミネートされた。
母親ラヴォナを演じたアリソン・ジャネイも、怖さとおかしさを絶妙のバランスで表現しており、アカデミー助演女優賞を受賞している。

なお、アメリカのスポーツ・ジャーナリズムは本作を痛烈に批判していて、とくに「ハーディングの人物像が甚だしく現実と異なっている」と指摘する声が多いという。
それはそれで正しい意見なのだろうが、それではジャーナリズムが批判的に報じたハーディング像と、映画の登場人物として昇華されたハーディング像と、どちらが現実のハーディングに近い人物像なのか、私には容易に答えは出せない。

本作を観たあとでは、ドーピングを暴露された元自転車選手ランス・アームストロングを描いた『疑惑のチャンピオン』(2016年)のアームストロング像はいささか類型的だったような気がする。
また、本作のはハーディングに対するアプローチは、ゴーストライター疑惑を暴かれた作曲家・佐村河内守のその後を追った傑作ドキュメンタリー『FAKE』(2016年)を思い起こさせたことも付記しておく。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2019リスト
A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)
※ビデオソフト無し

55『ウインド・リバー』(2017年/米)A
54『アメリカの友人』(1977年/西独、仏)A
53『ナッシュビル』(1976年/米)A
52『ゴッホ 最後の手紙』(2017年/波、英、米)A
51『ボビー・フィッシャーを探して』(1993年/米)B
50『愛の嵐』(1975年/伊)B
49『テナント 恐怖を借りた男』(1976年/仏)B
48『友罪』(2018年/ギャガ)D
47『空飛ぶタイヤ』(2018年/松竹)B
46『十一人の侍』(1967年/東映)A
45『十七人の忍者 大血戦』(1966年/東映)C※
44『十七人の忍者』(1963年/東映)C
43『ラプラスの魔女』(2016年/東宝)C
42『真夏の方程式』(2013年/東宝)A
41『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』(2018年/米)B
40『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年/米)B
39『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年/米)C
38『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(2017年/米)D
37『デッドプール2』(2018年/米)C
36『スキャナーズ3』(1991年/加)C
35『スキャナーズ2』(1991年/米、加、日)C
34『スキャナーズ』(1981年/加)B
33『エマニエル夫人』(1974年/仏)C
32『死刑台のエレベーター』(1958年/仏)B
31『マッケンナの黄金』(1969年/米)C
30『勇気ある追跡』(1969年/米)C
29『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年/米)A
28『ドクトル・ジバゴ 』(1965年/米、伊)A
27『デトロイト』(2017年/米)B
26『クラッシュ』(2004年/米)A
25『ラ・ラ・ランド』(2016年/米)A
24『オーシャンズ13』(2007年/米)B
23『オーシャンズ12』(2004年/米)C
22『オーシャンズ11』(2001年/米)B
21『オーシャンと十一人の仲間』(1960年/米)B
20『マッキントッシュの男』(1973年/米)A
19『オーメン』(1976年/英、米)B
18『スプリット』(2017年/米)B
17『アンブレイカブル 』(2000年/米)C
16『アフター・アース』(2013年/米)C
15『ハプニング』(2008年/米)B
14『麒麟の翼〜劇場版・新参者』(2912年/東宝)C
13『暁の用心棒』(1967年/伊)C
12『ホテル』(1977年/伊、西独)C※
11『ブラックブック』(2006年/蘭)A
10『スペース・ロック』(2018年/塞爾維亜、米)C
9『ブラックパンサー』(2018年/米)A
8『ジャスティス・リーグ』(2017年/米)C
7『ザ・リング2[完全版]』(2005年/米)C
6『祈りの幕が下りる時』(2018年/東宝)A
5『ちはやふる 結び』(2018年/東宝)B
4『真田幸村の謀略』(1979年/東映)C
3『柳生一族の陰謀』(1978年/東映)A
2『集団奉行所破り』(1964年/東映)B※

1『大殺陣』(1964年/東映京都)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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