『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ

Вишнёвый сад,Три сестры

『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ

 前項『かもめ・ワーニャ伯父さん』に続くチェーホフ「四大戯曲」後期の2本。
 どちらも発表当時、大きく様変わりしつつあったロシアの社会情勢の影響の下に書かれている。

 『桜の園』は家屋敷を手放さざるを得なくなった没落貴族の悲喜劇で、かつての栄華や贅沢が忘れられない人間たちの姿がおかしくも哀しい。
 自分たちの窮状に見て見ぬふりを決め込み、カード遊びに興じたり、旅行先での自慢話をしたり。

 ただし、突然出てくるドイツ語の意味、頓珍漢な外来語の使い方の面白さなどは、何度読んでも一般の日本人読者には理解しづらいところだろう。
 このあたりは自分の勉強不足を痛感させられる。

 『三人姉妹』は日本の劇団も繰り返し上演しているスタンダードな演目であり、四大戯曲の中では一番とっつきやすい。
 題名の姉妹オーリガ、マーシャ、イリーナの3人は、日本語訳されたセリフを読む限り年齢が不明で、誰が一番上で一番下なのかわからず、これが読む側の想像力を膨らませる。

 このため、イリーナが終盤で繰り返す「あたし、働くわ、働くわ」というセリフが、長女として姉妹を引っ張っていこうとしているようにも、末っ子が健気な姿勢を見せているようにも受け取れる。
 ロシア語なら上下関係がわかるようになっているのか、それともチェーホフが俳優や演出家が好きなように演じられるよう、あえて年齢を明記しなかったのだろうか。

 チェーホフの短編小説は透徹した死生観やビターな味わいが特長で、読んでいて絶望的な気分に陥る作品も少なくない。
 が、戯曲は総じてどこか滑稽な雰囲気が漂い、この『三人姉妹』や『ワーニャ伯父さん』では、人生を精一杯生きることの意義が強調されている。

 ただし、戯曲と短編小説のどちらが好きかと聞かれたら、私は断然、小説のほうに軍配を挙げる。
 ちなみに、「チェーホフは現代アメリカ文学の短編の名手レイモンド・カーヴァーのアイドルでもあった」とリチャード・フォードは指摘している。

(発行:新潮社 新潮文庫 翻訳:神西清 第1刷:1967年8月30日 71刷改版:2011年11月25日 73刷:2015年1月20日 定価:490円=税別
 初出:『桜の園』1903年 『三人姉妹』1900年)

2019読書目録

3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1895年~/新潮社)
2『恋しくて』村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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