『クヒオ大佐の妻』(舞台中継/WOWOW)

 クヒオ大佐とは1970年代から90年代にかけて結婚詐欺師を重ねていた実在の人物で、フルネームは「ジョナサン・エリザベス・クヒオ」。
 職業はアメリカ空軍特殊部隊のパイロット、最終学歴は日本では東大、米国ではエール大学、カメハメハ大王やエリザベス女王の親戚でもある、などと自称し、約1億円を複数の女性から騙し取ったと言われる。

 女性と接するときは常に37歳で通していたが、逮捕時にはすでに還暦を超えていたらしい。
 正体はもちろん〝純粋〟な日本人であり、北海道の職業訓練校を卒業したあと、自衛隊で働いていたという。

 当時の新聞や週刊誌には、頭を金髪に染め、整形手術で鼻を高くし、胸に勲章がズラリと並んだ軍服のレプリカを着用したクヒオ大佐の写真が掲載された。
 恐らく、ぼくを含む大多数の日本人男性が、この写真を一見するや、なんでこんなジーサンに騙されたんだろう、世の中にはバカな女がいるものだ、と鼻で笑い、あっという間に記憶から消し去ってしまったに違いない。

 しかし、映画監督・吉田大八は、この事件の底に戦後日本社会に根強く巣食っている精神的病理(という言葉が適当かどうかはわからないが)を見出した。
 クヒオ大佐を単なる結婚詐欺師ではなく、戦後70年以上たったいまも、日本人がアメリカに対して抱いている共同幻想が具現化された存在として捉え、彼の映画独自のキャラクターとして昇華させた。

 それが、堺雅人が付け鼻をしてクヒオ大佐を演じたコメディー映画の傑作『クヒオ大佐』(2009年)である。
 私は劇場公開前に試写会で観賞し、当時徳間書店の携帯サイトで連載していた『映画スコアブック』で激賞した。

 吉田大八が演出を手がけたこの舞台は、クヒオ大佐を登場させず、彼の妻、及びその周辺人物の視点と証言から、日本人にとってのクヒオ大佐像を浮かび上がらせようという試みである。
 つまり、『クヒオ大佐』を『桐島、部活やめるってよ』(2012年)の手法によって作り直した舞台劇と言っていい。

 ヒロイン・クヒオ大佐の妻に扮するのは、吉田が『紙の月』(2014年)で組んだ宮沢りえ。
 この組み合わせだけで、成功することはある程度保証されていたようなものだろう。

 ただし、実際のクヒオ大佐事件も、映画版の『クヒオ大佐』も知らない観客がこの舞台を見て、果たして面白く思えるか、感動できるかどうか、に関しては若干の疑問が残る。
 ぼくは大変面白く見ましたが。

(収録日:2017年5月31日 収録場所:東京芸術劇場 シアターウエスト
 WOWOW初放送:2017年10月21日 再放送:同年12月31日)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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