『チャック~“ロッキー”になった男~』(WOWOW)

Chuck

 1975年、無名のボクサーながらモハメド・アリの世界王座防衛戦に抜擢され、15ラウンドを戦い抜いて時の人となり、『ロッキー』(1976年)のモデルとなったチャック・ウェプナーの半生記。
 個人的にファンだったというリーヴ・シュライバーがウェプナーを演じ、製作と脚本も手がけている。

 ただし、『ロッキー』のようにアリとの凄絶な一戦をクライマックスに持ってきて、オーソドックスに感動を盛り上げようとする映画ではない。
 開巻、すっかりくたびれたウェプナーが熊と戦わされるショーから始まって、なぜ彼はここまで落ちぶれたのか、と過去を振り返るところからストーリーが始まる。

 ウェプナーは妻フィル(エリザベス・モス)と一人娘を愛していたが、酒と女にだらしない性格で、しょっちゅう浮気していることから離婚の危機を迎えていた。
 そうした最中、アリに挑戦するチャンスを得て、血みどろになりながらも一度はダウンを奪い、15ラウンドでTKO負けするまで大善戦を展開。

 この試合の描写は迫力たっぷりで、シュライバーが大熱演、特殊メイクも実にリアル。
 しかし、肝心のアリ役、プーチ・ホールという役者が間延びした顔つきで、身体もしっかり絞り込んでおらず、そのぶんリアリティを欠いていたのが残念だった。

 この一戦を見て感動したシルヴェスター・スタローンが、ウェプナーをモデルに『ロッキー』の脚本を書き、自ら製作、主演して大ヒット。
 もっとも、本作によれば、スタローンはウェプナーに直接取材して脚本を書いたわけではなく、あくまでも試合とマスコミに報じられたインサイド・ストーリーにインスパイアされただけだったらしい。

 ウェプナーは自分も映画俳優に転身しようと、アポなしでスタローンの元に押しかける。
 それならばとスタローンは『ロッキー2』(1979年)にウェプナーの役をつくり、出演を前提としたテストまでするのだが、すでにアル中となっていたウェプナーはセリフを覚えられず、あえなく不合格になってしまった。

 スタローンを演じているのはモーガン・スペクターという俳優で、こちらはアリ役のホールと違い、顔つき、実際は小柄な体格、さらに鼻声であるところまで本人そっくり。
 ここからウェプナーの転落が始まり、コカイン中毒となった上、密売にまで手を染め、ついには顧客のひとりに売られて刑務所送りとなる。

 スタローンはこのときもウェプナーのことを気にかけていて、まだ服役中だったにもかかわらず、刑務所を舞台にした『ロック・アップ』(1989年)に出演しないかとオファーを出している。
 これはウェプナーのほうで断ったというが、事実だとすれば結構泣かせる話だ。

 ウェプナーはもとも映画が好きで、アンソニー・クイン主演のボクシング映画”Requiem for a Heavyweight”(1962年/画像下)がテレビ放送されるたびに繰り返し見ていた、という点描が印象深い。
 クインが演じる主人公、マウンテン・リベラというボクサーが顔を腫らせたまま、滔々と長広舌をふるう場面になると、ベッドに寝そべっていたウェプナーが何度も見て暗記していたそのセリフを真似る。

 実にいい場面で、さっそくDVDを取り寄せようと思ったら、日本では劇場未公開、ビデオソフト化もされていない。
 監督ラルフ・ネルソン、脚本ロッド・サーリングと、スタッフもぼく好みの人たちばかりなので、ぜひ見てみたいのだが。

 また、ウェプナーがよく見ていたテレビドラマが『刑事コジャック』(1973~78年)だったというのも面白い。
 このシリーズ、今日では無名時代のスタローンがゲスト出演していたことで知られているからである。

 オススメ度B。

(2017年 アメリカ=IFCフィルムズ 98分)

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2018リスト
※A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)

26『ヒッチコック/トリュフォー』(2015年/米、仏)B
25『沖縄やくざ戦争』(1976年/東映)B
24『恐喝こそわが人生』(1968年/松竹)B
23『われに撃つ用意あり』(1990年/松竹)C
22『T2 トレインスポッティング』(2017年/英)A
21『ロスト・エモーション』(2016年/米)C
20『激流』(1994年/米)C
19『チザム』(1970年/米)B
18『駅馬車』(1939年/米)A
17『明日に処刑を…』(1972年/米)A
16『グラン・ブルー[オリジナル・バージョン]』(1988年/仏、伊)B
15『エルストリー1976- 新たなる希望が生まれた街 -』(2015年/英)D
14『I AM YOUR FATHER/アイ・アム・ユア・ファーザー』(2015年/西)B
13『サム・ペキンパー 情熱と美学』(2005年/独)B
12『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯』(1973年/米)B
11『わらの犬』(1971年/米)A
10『O嬢の物語』(1975年/仏、加、独)C
9『ネオン・デーモン』(2016年/仏、丁、米)D
8『団地』(2016年/キノフィルムズ)B
7『スティーブ・ジョブズ』(2015年/米)B
6『スノーデン』(2016年/米)A
5『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年/米)B
4『ドクター・ストレンジ』(2016年/米)B
3『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』(1967年/台、香)B
2『新宿インシデント』(2009年/香、日)B
1『日の名残り』(1993年/英、米)A

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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