相続登記と泥棒除け🏠

自分が建てたわけでもないのにおこがましいけど…

今回の帰省の目的のひとつは実家の表札の掛け替えでした。
長年掛かっていた父親の名前を外して、新たに僕の名前が記された表札を掲げた。

父親が苦労して建てたマイホームなのに、何の貢献もしていない息子の僕が、さも自分の家であるかのようなものを玄関に出すのは、正直言って気が引けた。
という以上に、心理的抵抗があった。

しかし、竹原でも空き家が増えている昨今、実家に誰も住んでいないと睨んだ荒らしや泥棒に侵入される可能性は小さくはない。
実際、縁側のサンダルがなくなっていたことがあって、どうやら鹿が夜中に我が家の庭に忍び込み、くわえて持って行ったらしい。

僕より先に両親を亡くした友人によると、そういう小さな異変の積み重ねが、空き家専門の荒らしや泥棒を呼び寄せる一因にもなり得るのだそうです。
ちなみに、相続登記はすでに済ませていて、実質的には僕の家になっているから、法律上も何の問題もない。

というわけで、散々逡巡した末に、先月になってやっと表札を掛け替えることを決心。
それでも当初は父親に申し訳なくて、「赤坂」と苗字だけにすることも考えましたが、「それじゃあ掛け替える意味がないし、かえっておかしいわ」と母親に言われ、自分のフルネームを表札にすることに。

ただし、泥棒除けの意味合いが強いので、取り立てて高級な表札を作ろうとは考えず、近所のホームセンターでごく一般的なものを注文。
自分で見るとやっぱり面映ゆいけれど、真新しさだけは感じられるので、所期の目的には叶っているんじゃないかな。

そんなことを考えていたら、家の前を通りがかった近所のご婦人に「お母さん、お元気ですか?」と聞かれて、手短に近況を説明。
すると、「息子さんが干してる洗濯物を見て、ああ、いま帰って来られとるんだなあ、と思うてますよ」。

こういう小さなようでも心温まるつながりは、竹原のような田舎ならではですね。
では、またしばらく、東京で仕事に専念します。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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