60歳前の厄除け祈願🐇

新宿区愛住町の無料PCR検査所

明日から球場での取材が始まるため、きょうはまず、午前11時過ぎに今年最初の無料PCR検査を受けてきた。
場所はコロナ発生時から10回以上通っている新宿区愛住町のJ-VPD東京ラボラトリーで、午後2時半過ぎにメールで届いた結果は今回も陰性。

そこから新宿まで徒歩で移動し、千疋屋から新宿高野へ果物屋さん巡り。
神戸の伯母さんにお見舞いとして苺を送ろうと考えたのだが、最初に訪ねた伊勢丹の千疋屋本店には果物のギフトがなく、店員に高島屋にあると言われ、JR新宿駅南口前まで足を運んだら、桐箱入りの詰め合わせはあっても、苺自体が入荷待ちで送れるのは1週間後ぐらいになるという。

それならと新宿1丁目の新宿高野本店までまたテクテク歩き、ここでやっと目当ての苺を発見。
最初から高野に行けばよかったんだけどなあ、でも、10㎞以上歩いたんだからいい運動になってよかったということにしておくか。

赤城神社

いったん帰宅して、午後3時からは近所の赤城神社できょう一番のイベント「厄除け祈願」。
神楽坂では神社ならここ、お寺では毘沙門天の善国寺が厄除けの二大名所だそうですが、僕は42歳の後厄の年にここでお祓いをしていただいた縁があり、本厄の今回もまたお願いすることにしました。

前回は赤城神社が建て替えられる前、いろいろなトラブルがあって精神的にすっかり参っていたころ、かなり老朽化した本殿で厄除けを受けた。
当時は夏だったので蚊が多く、作法をわきまえずに半パンでひとりだけ本殿に上がり、足に群がる蚊をたたいたり、刺されたところをボリボリかいたりしていた、というしょうもないことを最もよく覚えている。

今回は本殿がすっかり立派になっており、冬だから蚊もいなかったのはいいとして、陽射しが強くて額にじんわりと汗がわいたほど。
また、僕ひとりではなく、昭和63年生まれの女性も一緒に厄除けを受けていたけれど、たまたま同じ時間に予約していたというだけで、残念ながら知り合いではありません。

御札は「折り紙神棚」に入れて祀ります

帰りには御守りと御札のほか、御札を祭るための「折り紙神棚」をいただきました。
卯年の今年は年男なのに喪中で初詣に行けず、兎の絵馬が付いた破魔矢も買えなかったから、卯年限定の縁起物をもらえてうれしかった。

この他にも、お供えとして甘酒(ノンアルコール)、焼き海苔、それに入浴剤が付いていた。
42歳の時に持ち帰った物といえば、御札と御守りぐらいしか記憶にないので、厄除けもずいぶん今風になったなあ、と思いました。

いろいろなことがあった人生の59年目がもうすぐ終わり、来月から60年目に入る。
今年は人生で初めて誕生日の前に厄除けを済ませたので、いい年になってほしい、と祈っています。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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