『王の願い ハングルの始まり』(WOWOW)🤗

나랏말싸미/The King’s Letters
110分 2019年 韓国 日本公開:2021年 配給:ハーク

世界に類例を見ない韓国のユニークな表音文字ハングルは、いつ、誰により、どのようにして生まれたのか。
この極めて興味深いテーマを、監督・脚本を手がけたチョ・チョルヒンが大胆な仮説によって映像化した歴史映画。

現在、ハングルは李氏朝鮮の第4代王・世宗(セジョン)が15世紀半ばに独力で創始した、とする説が有力である。
ちなみに、同じ表音文字である英語のアルファベットは紀元前1500〜1700年ごろ、日本の平仮名は8世紀末ごろからの使用が遺跡や文献などで確認されており、600数十年の歴史しか持たないハングルはかなり新しい言語と言える。

ハングルが作られる前、李氏朝鮮は清(現在の中国)に従属しており、普及している文字も、王朝、役人、一部知識階級が使用する漢字に限られていた。
ちなみに、表意文字の漢字が中国で社会的に定着したのは紀元前1300年ごろというのが定説である。

そうした中、かねてから「中国の漢字はわれわれがしゃべる朝鮮語と意味が十分に合致していない」と考えていた世宗(ソン・ガンホ)は、民が自分の声や思いを的確に表現できる文字の創始(発明と言うべきか)に乗り出す。
その原型になったのはなんと、仏教国・日本から朝鮮に渡った八萬大蔵経の原版だった、というチョ・チョルヒンのアイデアには少なからず驚かされた。

冒頭に「フィクションである」と断っているとはいえ、日韓関係の悪化が極めて深刻な国際問題となっている最中、現代の韓国人が誇りを抱くハングルの源が、実は日本仏教の大蔵経にあった、という仮説を堂々と主張しているのである。
しかも、それを推し進めたのが朝鮮史上随一の名君とされる世宗で、演じているのが国際的大スターのソン・ガンホ、というこの作品を、韓国の観客はどのように受け止めたのだろうか。

世宗は朝鮮文字を作るに当たって、大蔵経の原盤を管理している海印寺の僧、シンミ和尚(パク・ヘイル)に協力を要請する。
シンミ和尚は朝鮮語と日本語に加え、サンスクリット語、チベット語など、世界各国の言語と文字に精通しており、母音と子音の発音の仕方が複雑な朝鮮語を文字化するのにうってつけのスペシャリストだったのだ。

とくに、牙音、舌音、唇音、歯音、喉音など、中国音韻学の五音を的確に表現できる文字(この段階では記号に見える)はどのようなものであるべきなのか、世宗とシンミ和尚が議論を重ねるくだりが興味深い。
このあたり、ハングルに関する知識が自分に少しでもあればもっと楽しめるのに、と歯痒くなってくる。

こうした世宗の文字作りに対して、漢字による利権を独占しておきたい両班(当時の官僚組織)の臣下たちは猛反発。
儒家である彼らはもともと日本から伝来した仏教を忌避しており、民に文字を与えれば彼らを統治するのが難しくなり、現体制に対する反対運動を招きかねない、と世宗に詰め寄る。

朝鮮の民に自分の思いを表現できる文字を与えたい世宗は、臣下の主張を「偽善だ」として退けながら、儒家の協力なくしては新しい朝鮮文字を普及させられないことも承知していた。
そこで、シンミ和尚と協力して作り上げた訓民正音(ハングル語)28文字の教本が出来上がると、これを自ら臣下に配って全国に頒布するよう求める。

シンミ和尚はこの世宗のやり方に反発し、訓民正音の創始は儒家の思想とは相容れないものであり、両班に頒布させることは裏切り行為だ、と世宗に向かって言い募る。
しかし、現実主義者の世宗は、私の使命は訓民正音を全国に広め、後世に残すことであり、それには儒家の協力が必要不可欠だと譲らず、長年協力し合ってきたシンミ和尚と袂を別つ。

この白熱の議論も見応えたっぷりで、最初にフィクションだと断ってはいるものの、観ている間は史実が再現されているものだと思わないではいられない。
正直、日本人にはわかりにくい部分も多々あるが、非常に興味深いテーマを大胆なアイデアで映画化した貴重な作品、と重ねて強調しておきたい。

オススメ度A。

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スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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