『愛について語るときに我々の語ること』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳😁🤔😖🤓

What We Talk about When We Talk about Love
発行:中央公論新社 村上春樹翻訳ライブラリー 初版:2006年7月10日 6版:2020年3月31日 定価1100円=税別

前項の短編集『大聖堂』を熟読し、すっかりレイモンド・カーヴァーがわかったつもりになっていたが、とんだ勘違いだったと痛感した。
続けて手に取った本書を読み終えたいま、またもや「きみはまだまだだよ」と突き放されたような気分になっている。

表題作『愛について語るときに我々の語ること』は、訳者・村上春樹氏が巻末の解題で『大聖堂』に収録するべきだったのではと語っているように、非常に完成度が高い作品であることは理解できる。
しかし、2組の夫婦がジンを飲みながら「愛とは何か」について延々と議論を続け、カーヴァーらしく読者に明確な答えを示さないまま終わってしまうところに、僕などはある種の疎外感のようなものを感じてしまうのだ。

その半面、この短編は、僕がカーヴァーという作家に興味を抱くきっかけとなった作品でもある。
2015年に観た映画、アカデミー作品賞など主要4部門を受賞した『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』で、この短編は大変象徴的な意味合いを付与されて紹介されているのだ。

マイケル・キートン演じる主人公の俳優兼演出家リーガンは30代でアメコミ・ヒーローの実写映画化作品に主演し、一躍全米の有名人になりながら、いまやすっかり落ちぶれた60代の老優。
つまり、この映画はキートン自身が主演した『バットマン』(1989年)のセルフ・パロディであり、タイトル『バードマン』の元ネタでもある。

リーガンが俳優を志したのは高校の演劇部にいた10代のころ、たまたま舞台公演を見にきたカーヴァーに「誠実な演技だった」演技を褒められたことがきっかけだった。
かねてから(リチャード・フォードや村上春樹のように)カーヴァーの大ファンだったリーガンは、その褒め言葉とカーヴァー自身のサインを書いてもらった紙ナプキンを後生大事に保管している。

それから50年近くたち、年老いて仕事にあぶれているいま、このまま忘れ去られるのは耐えがたいと、自ら脚本を書き、演出と主演も務める1人3役の舞台劇を企画してブロードウェイに打って出る。
その舞台化されたカーヴァーの作品が、この『愛について語るときに我々の語ること』だったのだ。

そして、オスカー監督アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが演出したこの映画もまた、素材にされたカーヴァーの本作と同様、非常にとっつきにくい作品だった。
こういう映画と小説の関係を細かく分析し、解読すれば、それはそれで面白い芸術論になるのかもしれないが。

この短編集では『デニムのあとで』『足もとに流れる深い川』『私の父が死んだ三番目の原因』などのほうが、短い中にも人生の酷薄な深淵を覗かせているようで、心に刺さるものを覚えた。
とくに『足もと』と『私の父』のエンディングは見事というほかなく、こういう研ぎ澄まされた言葉の力を生のまま、文学通ではない読者にもストレートに突きつけてくるところがさすがカーヴァーである。

😁🤔😖🤓

2021読書目録
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27『大聖堂』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2007年/中央公論新社)😁😭😢😌🤔🤓
26『世界最悪の旅 悲運のスコット南極探検隊』アプスレイ・チェリー=ガラード著、加納一郎訳(1993年/朝日新聞社)😁😳🤔😖🤓
25『海峡を越えたホームラン 祖国という名の異文化』関川夏央(1988年/朝日新聞社)😁😭😢🤔🤓
24『1988年のパ・リーグ』山室寛之(2019年/新潮社)😁🤔🤓
23『伝説の史上最速投手 サチェル・ペイジ自伝』サチェル・ペイジ著、佐山和夫訳(1995年/草思社)😁😳🤔🤓
22『レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実』スティーヴン・バック著、野中邦子訳(2009年/清流出版)😁😳🤔🤓
21『回想』レニ・リーフェンシュタール著、椛島則子訳(1991年/文藝春秋)😁😳🤔🤓
20『わが母なるロージー』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2019年/文藝春秋)😁
19『監禁面接』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2018年/文藝春秋)😁
18『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳(2020年/集英社)😁😳🤓🤔
17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
13『喰うか喰われるか 私の山口組体験』溝口敦(2021年/講談社)😁😳😱🤔🤓
12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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