『追悼のメロディ』(セルDVD)🤗

Le Corps de Mon Ennemi
116分 1976年 フランス 日本公開:1977年 

歩いている、歩いている、ジャン=ポール・ベルモンドが歩いている。
アルザスかブルターニュと思しき北フランスの地方都市を、黙々と歩いている。

この作品は劇場公開されてから数年後の1980年ごろ、テレビの深夜放送で吹き替え版を見た。
そのときから、大人の男がひとりで歩いているオープニング・シーンが印象的な一篇として記憶に焼き付いている。

ベルモンドは殺人容疑で服役していたが、10年の刑期を7年に短縮され、仮出所して生まれ故郷に戻ってきた。
服役中に地場産業の繊維会社が急成長したおかげで、市もまた大きな発展を遂げ、人口も2倍以上に増加していた。

ベルモンドは幼いころの思い出が残っている街角を歩いて回り、追憶に耽る。
文房具屋では子供のころ、ノートを1冊買おうとしてレジの前に行くと、あとからやって来た繊維会社の社長令嬢に割り込まれ、店主にも後回しにされた。

この町には、こういう厳然とした階級があったのだ。
自分が貧しい下層階級にいることを強烈に意識させられた少年は、この娘が大人になったら絶対ものにしてやるぞ、と子供心に誓った。

ベルモンドが文房具屋の次に訪ねたのは、成長したその娘マリー=フランス・ピジェが住んでいた邸宅である。
青年となったベルモンドは、ピジェをベッドに連れ込むことに成功し、婚約にこぎつけ、彼女の父親で繊維会社社長ベルナール・ブリエに社員として雇われた。

こうしてこの町の階級を一歩一歩上がっていた矢先、ベルモンドはブリエによって手ひどい裏切りに遭った。
繊維会社の利権にからんだ陰謀により、地方議員の実父を失脚させられ、ベルモンドも麻薬の密売とサッカー選手の殺人容疑をかけられ、無実の罪で刑務所に入れられていたのだ。

こうして、ベルモンドが濡れ衣を着せられていたことが明らかになり、黙々と歩き続ける彼の足はやがて、かつて婚約者だったピジェ、さらに自分を陥れた彼女の父親ブリエの下へ向かう。
これは、『モンテ・クリスト伯』のような復讐の物語なのだ。

しかし、ベルモンドはかつての仇敵を前にしても怒りを露わにすることはほとんどない。
映画はあくまでも静かに、北フランスの牧歌的な田園風景を映し出し、一地方都市の変遷をドキュメンタリーのように描きながら、ベルモンドの歩速と同じくゆっくりと進む。

この淡々とした語り口、ゆったりとしたリズム、しっとりとした叙情的なムードこそ、この時代のフランス映画である。
今時の映画のように力み返ることもなければ、派手なアクションシーンが繰り広げられるわけでもないけれど、ベルモンドの執念は十分に伝わってくる。

原題は「わが敵の遺体」。
ラストシーンでその意味が明らかになり、ウィリアム・ブレイクの詩の一節のテロップがかぶさる。

まさに絶妙の一語。
このエンディングの鮮やかさ、詩情さえ感じさせる余韻は、いまの映画には求められないものだろう。

監督のアンリ・ヴェルヌイユは『地下室のメロディー』(1963年)、『シシリアン』(1969年)など、フィルムノワールの名作で知られている。
名匠フランシス・レイによるテーマ曲の優美で哀感に満ちた旋律(メロディ)も忘れ難い。

お勧め度はA。

旧サイト:2015年01月14日(水)Pick-up記事を再録、修正

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

96『デ・パルマ』(2015年/米)B
95『ブルース・スプリングスティーン 闇に吠える街 30周年記念ライブ2009』(2009年/米)B
94『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・バルセロナ』(2003年/米)A
93『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・ニューオリンズ2006~ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバル』(2006年/米)B
92『ウエスタン・スターズ』(2019年/米)B
91『水上のフライト』(2020年/KADOKAWA)C
90『太陽は動かない』(2021年/ワーナー・ブラザース)C
89『ファナティック ハリウッドの狂愛者』(2019年/米)C
88『ミッドウェイ』(2019年/米、中、香、加)B
87『意志の勝利』(1934年/独)A
86『美の祭典』(1938年/独)B
85『民族の祭典』(1938年/独)A
84『お名前はアドルフ?』(2018年/独)B
83『黒い司法 0%からの奇跡』(2019年/米)A
82『野球少女』(2019年/韓)B
81『タイ・カップ』(1994年/米)A※
80『ゲット・アウト』(2017年/米)B※
79『アス』(2019年/米)C
78『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2018年/米)C
77『キング・オブ・ポルノ』(2000年/米)B※
76『怒りの葡萄』(1940年/米)A
75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※

61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る