実家の両親は豪雨災害を免れました

7日、中国地方の大雨を10時台のトップで伝えたNHKの定時ニュース

今週末は久しぶりに甲子園か名古屋へ野球を観に行こうかと考えていたけれど、九州・中国地方が記録的な大雨に見舞われている折、万一の場合に備えて自宅待機に切り替えました。
僕の実家がある広島県竹原市は7日朝10時現在の雨量が観測開始以降最多、平年の7月1カ月の半分超に相当する171.5㎜、さらに7日深夜からの12時間雨量で観測史上最多となる193㎜に達している。

これは3年前の2018年、広島市北部の安佐北区、安佐南区で土砂災害を引き起こした西日本豪雨を上回る雨量。
竹原市、僕が幼少期を過ごした東広島市などに避難情報レベル4の「避難指示」が発令され、隣の三原市では最も危険度の高いレベル5の「緊急安全確保」が県内で初めて発令された。

刻々と雨量が増えていく中、最も気がかりだったのは、実家の前を流れる二級河川・賀茂川の増水である。
3年前の西日本豪雨ではこの賀茂川が氾濫、川沿いの新庄町では死者が出ており、堤防の修復工事にも時間を要したことから、今度同じような大雨に襲われたらどうなるか、かねてから危惧する声も聞かれていた。

案の定、今回も賀茂川上流の下野町で氾濫し、住宅の1階部分が冠水。
3年前には両親が実家からいったん避難することを余儀なくされており、当時より雨量が多いと言われる今回は、実家が浸水し、親が戻れなくなって、当分避難所暮らしを強いられたらどうしようかと、気が気ではありませんでした。

7日朝のNHKニュースを見て実家に電話したら、3年前の経験が生きているらしく、両親はすでに避難の準備を整えて賀茂川の様子を見守っていたところだった。
親父によれば、「いまのところ、賀茂川の増水はあの時(3年前の西日本豪雨災害)ほどじゃあない」という。

「腹が減ったら避難もできんから、いまは朝ごはんを食べとるよ。
パンときのう買ってきたスイカが美味い」

ちなみに、2018年に両親が避難したのは、今年より1日だけ早かった7月6日の夜。
そのとき、賀茂川の増水量がよくわかる画像があるので、以下に貼っておきます。

これが通常の賀茂川(2018年正月ごろ、朝日橋で筆者撮影)
2018年7月7日朝の賀茂川(同じ朝日橋の上から竹原市在住のOさん撮影)

いま改めてこの画像を見ると、これ以上増水せずに済んで良かったと、改めてお天道様に感謝したくなります。
当時は賀茂川の様子がわからず、ヤキモキしながらSNSで画像を求めたところ、竹原市在住のOさんにFacebookを通してこの貴重な画像を送っていただきました。

が、この年の大雨はこのときだけにとどまらなかった。
両親が避難したときに帰省できなかったため、約2カ月後の9月9日、福岡出張の帰途、久しぶりに実家に立ち寄ったら、その夜からまた大雨。

おかげで実家から広島空港へ通じる新庄町の道路が通行止めになってしまい、予約していたANA便をキャンセルして、1日実家に延泊せざるを得なくなりました。
その9日と翌10日の賀茂川の状況は以下の通り。

9月9日の賀茂川(実家の前で筆者撮影)
翌10日朝の賀茂川(同上)

親父が言うには、「この川は下の石垣が見えているかどうかが、危険度を判断するひとつの目安になる」とのこと。
その点、今回は3年前ほど急激に水嵩が増すことはなかったようで、だからこういう事態にも落ち着いて対処出来たのかもしれません。

なお、いまでは朝日橋の上方に賀茂川河川監視カメラが据え付けられていて、東京にいてもインターネットを通じて2分おきに更新される静止画像を確認することができます。
「それを付けるところはウチも見とったよ、便利になったねえ」とおふくろ。

今年はこれ以上、実家が大雨や災害に見舞われることがありませんように。
…なんてことを考えていたら、そういう自分がついさっき、東京都内のゲリラ雷雨でずぶ濡れになってしまいましたが。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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