BS世界のドキュメンタリー『ボリス・ジョンソン−イギリスを口車に乗せた男』(NHK-BS1)😉

Boris Johnson: L’illusionniste du Brexit / Brexit’s Illusionist
45分(オリジナル版70分) 2020年 制作:フランス=Maximal Productions
初放送:2021年6月11日(金)午前0時10分〜0時55分

イギリスの首相ボリス・ジョンソンは、ブレグジット(EU=欧州連合離脱)を実現したことにより、長く国際政治の歴史に名を残すことになるだろう。
しかし、それがボリスの主張するように確固たる理念に基づいて国民を導いた成果ならともかく、実は単なる目立ちたがり屋のパフォーマンスが生んだ結果ではないかと、このフランス製ドキュメンタリーは皮肉っぽく解き明かして見せる。

ボリスは本音ではEU離脱など望んではいなかった、ブレグジットは彼にとって権力を掌握し、拡大するための手段に過ぎなかったのだ、と断じるのはボリスの評伝“Just Boris”を執筆した歴史家ソニア・パーネル。
驚いたことに、ボリスの肉親も彼の権力者志向を肯定しており、妹でジャーナリストのレイチェルは、兄ボリスが子供のころに将来の夢を聞かれて、「世界の王者になる」と答えた逸話をインタビューで明かしている。

そんなボリスの父スタンリーは環境保護派の高級官僚で、ヨーロッパは結束するべきだとの信念を持ち、EC(EUの前身)発足当初には欧州共同委員会の委員も務めていた、という背景はいまのボリスからは想像もつかない。
いまも健在のスタンリーも本作のインタビューを受け、当時の職場の雰囲気をざっくばらんに説明し、一家そろってベルギーに引っ越すと、「良きヨーロッパ人であろう」とボリスやレイチェルに言い聞かせていた、と話している。

父親の影響を受けて育ったボリスは、ひとりイギリスに戻ってオックスフォード大学に進学すると、寮で同級生たちのイジメに遭って、自ら周りを笑わせてウケを取るキャラクターを演じるようになる。
そうして周囲に受け入れられると、生来の野心家ぶりが徐々に頭をもたげ、200年の歴史を持つディベートクラブで、数多くの政治家を生んだ〈オックスフォード・ユニオン〉の会長に立候補して当選。

このとき、自分の理念や政治的立場にはほとんど触れず、「僕は面白くてカリスマ性がある」と主張し、壇上で自分の勝利を宣言するボリスの声や口調がいまとまったく変わっていない、というところがおかしい。
大学卒業後、ボリスは〈タイムズ〉や〈デイリー・テレグラフ〉の記者になり、自分のEC批判記事が好評を博したのに味をしめ、次から次へと誤報や捏造に走るようになる。

このくだりでは、前出のパーネルだけでなく同世代のジャーナリストも登場して、ボリスがいかに噴飯物のでっち上げを書き飛ばしていたかを証言している。
しかし、タブロイド紙の影響力が全盛期にあった1990年代、ボリスはメディアの寵児として大衆の人気を集め、政界入りすると、2016年にはロンドン市長選に立候補して当選。

すでに世論がEU離脱か残留かで二分されていたこのころ、ボリスはロンドン市長として「離脱派を支持する」と宣言した。
当時、イギリスの政界や有識者層は残留派を支持しており、ボリスも残留することになるだろうと予想していながら、あえて離脱派支持を表明したのは、自分が目立ち、話題と論議の主役になることができると踏んだからだ、と彼をよく知るかつての記者仲間は喝破している。

2016年10月国民投票では健闘も虚しく、EU離脱派が残留派に敗れ、最後の最後までイギリスの主権奪還を目指しながらも力尽きた自分は、恐らく多くの国民の支持を得られるだろう。
そう考えていたボリスの目論見とパフォーマンスは、案に相違して離脱派が勝利したことにより、イギリス社会を出口の見えない迷走状態へと引き摺り込んだのだった。

なかなか面白いが、中身が濃い割にあっという間に終わったような印象が残るのは、例によってNHKがオリジナル版から25分もカットしているからだろう。
また、ボリスの父や妹は本作を観て怒り出さなかったのかと、瑣末なことも気になりました。

オススメ度B。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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