BS1スペシャル/BS世界のドキュメンタリー『永遠のABBA 勝者が全てを』(NHK-BS1)

ABBA Forever, The Winner Takes It All
50分 2019年 イギリス:Stanza Media/Littlestar Services
初放送(BS1スペシャル):2020年2月20日午後9:00〜9:50
再放送(BS世界のドキュメンタリー):2021年1月1日午前0:45〜1:35

1970年代に一時代を築いたスウェーデンのポップ・グループ、アバのデビュー、ブレーク、解散、リバイバルブームを描いたドキュメンタリー。
当時、アバと言えばとにかく華やかで明るいイメージが強かったが、本作によれば内幕は必ずしも順風満帆ではなかったらしい。

デビュー当初、『恋のウォータールー』が大ヒットした1974年は母国のマスコミに派手な衣装などを批判されて悔しい思いもした、とアンニ=フリッド・リングスタッドは語っている。
当時はスウェーデン出身というだけでアメリカやヨーロッパ主要国から偏見の目で見られ、1975年に『SOS』がオーストラリアでヒットしてからやっと音楽性を評価されるようになったという。

その原点は、彼らが地元ストックホルムの郊外の島に居を構え、そこで楽曲を作っていたことにあった。
1971年にビョルン・ウルヴァースとアグネタ・フェルツクグが家を買い、3年後にベニー・アンダーソンとフリッドも島の反対側で暮らし始める。

ビョルンとベニーは朝食後、小さな小屋でギターやピアノを弾きながら『悲しきフェルナンド』や『ダンシング・クイーン』などの名作を次々に作曲。
まだインターネットがない時代、ポップ・ミュージックの中心地から離れ、アメリカやイギリスの音楽の影響を受けなかったことが、アバのオリジナリティーの源泉のひとつになった。

ビョルンは「当時はドイツのポップス、イタリアのバラード、フランスのシャンソンなど、アメリカ人があまり聴かない音楽をよく聴いていた」と証言。
僕の好きな『チキチータ』が、最初はブルース・スプリングスティーンの代表曲でもある『ロザリータ』だった、という真相には驚かされた。

アバの活動が絶頂期に向かい、ツアー活動が忙しくなるにつれ、2組の夫婦関係に亀裂が生じ、離婚に至った経緯も詳しく紹介されている。
晩年の最後のヒット曲『ザ・ウィナー』は自分たちの離婚経験がモチーフになっており、よくできてはいても暗く陰鬱な雰囲気が漂っていて、アバは1982年、約10年間のキャリアにピリオドを打った。

そういうアバの歴史をおさらいし、すっかりトシを取ったメンバー4人のインタビュー映像を観てから当時のヒット曲を聴くと、改めて、しみじみと、いい曲だなあ、と思わないではいられない。
ちなみに、全員70代に入ったいまでも、孫ほど年齢の離れた10代のファンに見つかると、よくサインを求められるそうである。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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