神楽坂の元日🌅🍶

神楽坂の観光名所・毘沙門天

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

例年、元日には広島県竹原市の実家の前で初日の出を拝み、その画像をここにあげるんですが、今年の場合はそういうわけにもいかない。
そこで、今朝はふつうに朝8時前に起床し、いつものように神楽坂界隈を散歩。

とはいえ、元日に神楽坂を歩くことは滅多にないので、せっかくだから初詣スポットの毘沙門天に足を運んでみました。
何だかんだ言って、元日くらいはやはり参拝客が集まっているのでは、と思ったら、去年の緊急事態宣言下のように閑散としたもの。

拝殿の中からは、南無妙法蓮華経を唱える声が聞こえる。
写真だけ撮って帰るのも申し訳ないような気になり、お賽銭をあげて手を合わせてきました。

歴史を感じさせる筑土八幡の社殿

次に訪ねたのが、拙宅の近所にある筑土八幡神社。
こちらは赤城神社ほど知名度が高くなく、ふだんから参拝客もあまり見かけないのだが、きょうばかりは初詣に来ている人が何人かいた。

建立されたのは嵯峨天皇の御代(809〜823年)と、鎌倉時代の天安2(1300)年に建てられたと伝えられる赤城神社より500年古い。
ここへ上ってくる石段に建てられた鳥居は、石造では新宿区で最古の鳥居で、区の有形文化財に指定されている。

ただ、芸能関係者がヒット祈願にやってきたり、受験合格や恋愛成就のご利益をアピールしている赤城神社とは違い、宣伝活動はほとんど行っていない。
ふだんから参拝客が少ないせいか、お守りや破魔矢をいただく授与所もなければ、当然のことながら、分散参拝を推奨する貼り紙などもなかった。

しかし、約1200年、地元の筑土八幡町に根差した神社だけあって、毎年9月15日には、赤城神社と同様に例大祭を催している。
ある町内会関係者によると、僕は自分のマンションの住所からすると、赤城神社ではなく、筑土八幡神社の例大祭に参加するべきなのだそうだ。

神社の例大祭は、その神社と関わりの深い町が所属する町内会が手伝うことになっていて、赤城神社と筑土八幡神社とで厳密に分けられている。
以前、赤城神社側の町内会関係者に、「赤坂さんも例大祭で神輿を担いでみませんか」と誘われ、確認のためにと住所を聞かれて答えたら、「あっ、それじゃダメだ」と言われたのだ。

以来、朝散歩の際、時々は筑土八幡神社にも寄るようになり、きょうもお賽銭をあげてお参りしました。
そんなにあちこち参拝して回ったら御利益がなくなると言われるかもしれませんが、せっかく元日に拝殿の前まで来て、何もせずに帰ったら怒られるような気がしたものですから。

実家から送られてきた豪華おせち料理

帰宅後はニューイヤー実業団対抗駅伝のテレビ中継を観ながら、お屠蘇をチビチビ、お雑煮をズルズル、おせち料理をパクパク。
おせちは父親が選んで送ってくれたもので、画像のような豪華版です。

朝と昼はこはだ蕪漬け、祝海老、鮑の煮付け、白海老南蛮漬けなど、足の速い魚料理を先にいただきました。
ビニール袋に入っている十勝ハーブ牛のローストビーフは、これから食べます。

毎年、実家で飲んでいた藤井酒造の宝寿

お屠蘇は、やはり実家から送ってもらった宝寿。
醸造元・藤井酒造はもともと、祖父母の家のすぐ近くにあり、祖父は晩年、このお酒を毎晩のように愛飲していたそうです。

しかし、日本酒はやっぱり、朝から飲むものではありませんね。
1杯だけで頭がクラクラして眠くなり、何もできなくなっちゃうから。

ところで、今年の実業団駅伝、8位入賞を目標としていた中国電力は24位に終わりました。
2区では35位まで落ち込んでおり、抜本的なチーム強化が必要な状態にあると言っていいでしょう。

中国電力は僕にとって、父親の古巣であり、自叙伝の構成を担当した青山学院・原晋監督が勤めていた会社でもある。
来年の捲土重来を期待しております!

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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