『ヒトラー演説 熱狂の真実』高田博行😁😳🤔🤓

中央公論新社(中公新書) 286ページ 
初版:2014年6月25日 10版:2019年6月30日 定価880円=税別

NHK-BS1の〈BS1スペシャル〉として放送されたドキュメンタリー『独裁者ヒトラー 演説の魔力』(2019年)で紹介された学習院大教授・高田博行氏の著書。
ヒトラーの政界登場からドイツ敗戦までの25年間、150万語に及ぶビッグデータを作成し、時代と戦局の移り変わりとともに詳細な検証を行った労作である。

本書によると、ヒトラーが自分の弁舌の才を自覚したのは16〜17歳のころ。
アウグスト・クビツェクという無二の親友がヒトラーにとって最初の聴衆で、たとえ聴き手がクビツェクひとりしかいなくても、ヒトラーはまるで大勢の聴衆を前にしているように、生き生きと自論を展開していたという。

もともとドイツ人ではなく、オーストリアに生まれ育ったヒトラーはこのころ、画家を目指してリンツからウィーンに行き、音楽家志望のクビツェクと共同生活を送る。
ここで建築家に目標を変え、やがて自分が作りたい大型劇場のような建造物には政治的前提条件が必要であると気づき、政治家を志すようになっていった。

NHKのドキュメンタリーでも紹介されていたように、ヒトラーはミュンヘン一揆の失敗で獄中にあった1923年、自分の弁舌に磨きをかけ、演説に関する理論的研究に没頭。
いまに残る自著『わが闘争』をエミル・モーリスとルドルフ・フォン・ヘスに口述筆記させ、ヒトラー演説の骨格を作り上げた。

古代ギリシャで確立された優れた弁論術に欠かせない要素、①発見、②配列、③修辞、④記憶、⑤実演のすべてを、ヒトラーの演説は兼ね備えていた。
ヒトラーはさらに、③の修辞を支える技法、⑴対比する、⑵繰り返す、⑶意味をずらす、⑷度数をずらすことに磨きをかけ、様々に応用したバリエーションを編み出していく。

こうして練り上げられたヒトラー独自の演説の技術は、聴き手をして悲惨な生活を天国だと信じ込ませることも可能だ、と『わが闘争』に書いている。
冷静に考えれば、ヒトラーはこの時点ですでに、国民を欺いて独裁者にのし上がろうという野望をのぞかせており、最初から国民に尽くす優秀な政治家になろうなどとはこれっぽっちも考えていなかったわけだ。

オーストリア生まれのヒトラーは、自分がドイツ人のリーダーらしい印象を与えられるよう、標準的なドイツ語発音を習得することも忘れなかった。
ナチ党の勢力拡大に邁進していた1932年、度重なる演説で声帯を傷めると、今度はポール・デフリーントというオペラ歌手に正しい発声法を学んだ上、効果的なジェスチャーの教示も受ける。

こうしてヒトラーがドイツの独裁者にのし上がっていく過程を、著者は①ナチ運動の前後期、②ナチ政権の前後期の4つの期間に分割。
それぞれの期間でヒトラーが使用した単語の頻度をデータ表にして示し、そこにどのような意味と狙いがあったかを説いていく。

これが実に面白い。
ヒトラーと言えば、ユダヤ人600万人を虐殺した悪魔のような人物であり、一種の精神異常者というイメージも定着しているが、アカデミックなデータ分析の観点から光を当てることで、これまでに知られていなかったヒトラー像が目の前にありありと浮かび上がってくる。

第二次世界大戦当時、なぜドイツ人たちはヒトラーに魅入られ、いまなお世界中でヒトラーを語り、振り返り、研究する人たちが後を絶たないのか。
それは一重に、ヒトラーが大衆を惹きつけ、自分の思うがままに誘導する弁論術を研究し、磨きをかけ、スキルアップし続けていたからに尽きる。

ヒトラーの演説とその映像は、それをひとつの作品として鑑賞したとき、いまでも人を惹きつける技術と熱意に満ちている。
だからこそ、いまだに映画や小説など、エンタメの題材にもなっているのだ。

ただし、大戦末期になると、まだ熱狂的なヒトラー信奉者が残っている一方で、多くのドイツ国民はヒトラーに愛想を尽かしていた。
用心深いヒトラーは親衛隊保安部に一般社会の世論や庶民感情を探らせ、『世情報告』というリポートを提出させており、そこにはドイツ国民の人心が離れていることが率直に記されている。

読んでいる間中、目から鱗が落ちる思いが途切れず、最後まで一気に読んだ。
これでおれのヒトラー熱も少しは冷めるかな。

😁😳🤔🤓

2020読書目録
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※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

10『ペスト』ダニエル・デフォー著、平井正穂訳(1973年/中央公論新社)🤔🤓😖
9『ペスト』アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳(1969年/新潮社)😁😭😢🤔🤓
8『復活の日』小松左京(1975年/角川書店)🤔🤓
7『感染症の世界史』石弘之(2019年/角川書店)😁😳😱🤔🤓
6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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