BS1スペシャル『ニュース砂漠とウイルス〜アメリカ地域メディアの闘い〜』(NHK-BS1)🤗

NHK 50分 初放送:2020年4月25日(土) 午後10時〜

最近、NHKで放送された新型コロナウイルス関連のドキュメンタリーの中では、最も身につまされた作品である。
ただでさえ全世界的に新聞が売れなくなっている時代にあって、コロナ禍の直撃を受けたアメリカの地方紙が廃刊の危機に陥っているという内容なのだから。

ニュース砂漠(News Desart)とはこの15年間、アメリカのジャーナリズム界で広まっている言葉だ。
都会から隔絶された田舎で次々に新聞が廃刊となり、ついに新聞がまったくなくなってしまった地域、もしくは1紙だけになってしまった地域を指す。

本作のためにNHKの取材が訪れたのは、その1紙だけになった地域ノースカロライナ州ロブソン郡の新聞社〈ザ・ロブソニアン〉。
1870年の創刊以来170年の歴史を誇る新聞社だが、年々発行部数が落ち、ページ数も減り、紙面のサイズもタブロイド版に縮小した上、毎日発行していたものがしばらく前に週に5日しか出せなくなった。

1996年に入社した編集長ドニー・ダグラスが「紙面を埋めないといけない。何かニュースはないか」と会議で記者に語りかけても、これという話題はないと、誰もが首を振る。
仕方がないので編集長自ら読者に取材協力を持ちかけ、「情報だけでなく写真も提供してくれれば1面に載せますよ」と懇願しなければならない。

かつては18人いた記者がいまでは6人に減った、記事をチェックするスタッフも3人から2人になり、週末の紙面には誤植が増え、クオリティが落ちる一方だ、とダグラス編集長は嘆く。
2014年、その地域メディアの弱体化を象徴するような出来事が起こった。

ロブソン郡の隣のカンバーランド郡で、大規模な鶏肉処理工場を誘致する計画が持ち上がった。
これについて、地元紙〈フィエットヴィル・オブザーバー〉は1000人の雇用が生まれるメリットを取るか、工場排水等によって環境破壊につながるデメリットを重視するべきか、双方向から詳しく報道。

賛成か反対かを巡る市民会議が開かれた結果、反対派が多数を締め、工場はカンバーランド郡進出を断念せざるを得なくなった。
すると、この工場は隣のロブソン郡に矛先を変え、こちらに誘致してもらいたいと持ちかけてきたのだ。

このとき、ロブソニアンが地元民に提供できた情報量はフィエットヴィル・オブザーバーの7分の1ほど、しかも誘致のメリットを伝える内容ばかり。
フィエットヴィルの記者は3人で計50年のキャリア、対するロブソニアンは同じ3人でも僅か6年しか経験がない、そりゃ向こうのほうがいい仕事をしますよ、とダグラス編集長は嘆く。

工場が誘致されること自体を知らない地元住民も多い中、何ら議論されないままに鶏肉処理工場は2017年に完成。
地元住民が意見をぶつけ合う土壌が失われた一因として、ロブソニアンと主張をぶつけ合うライバル紙がなくなったことも挙げられる。

かつてロブソニアンと部数や論調で張り合っていた〈ロブソン・エキストラ〉は15年前に廃刊。
その2005年は全米で新聞業界全体の凋落が顕著になった年でもあり、この15年間で廃刊となった新聞は2100紙と、15年前の4分の1に上っている。

情報ならSNSで十分とロブソン郡の住民は言うが、地元の環境保護団体の青年が指摘するように、鶏肉工場から流れ出る排水が飲料水にも使われていることの危険性まではSNSではわからない。
ノースカロライナ大学の研究によると、そういうコミュニティにとって重要な情報を伝えるメディアが弱体化すると、地元民の問題意識や政治への興味が薄れ、投票率が低下し、立候補者も減少し、ひいては自治体の歳出増加を招くという。

これはもちろん、メディア自体の責任でもある。
ギャロップ社の調査によると、2003年まではアメリカ人の50%以上が「メディアを信頼する」と答えていたが、04年に初めて44%に落ち込んだ。

原因は言うまでもなく、「フセインは大量破壊兵器を隠し持っている」とブッシュ大統領が大嘘をついて開戦に踏み切ったイラク戦争にある。
当時、ブッシュの言い分に疑念を挟んだメディアはナイト・リッダーぐらいで、新聞ではニューヨーク・タイムズやワシントン・ポスト、テレビではどこよりもFOXニュースと、大手メディアはブッシュ政権のリークする虚偽の情報を元に、無意味な戦争を後押しし続けた。

さらにトランプ政権が誕生した2016年、メディアへの信頼度は32%と史上最低の数字を更新。
これはアメリカ・メディアにとって大変な危機である半面、アメリカ国民の意識の高さを示しているような気がしないでもない。

そうした中、大手メディアに対抗し、自分たちが暮らす地域のニュース砂漠化を防ごうと、地元紙同士で連携し、新たなメディアを立ち上げる動きが活発化してきた。
ペンシルベニア州では、かつてライバル同士だった新聞3社が連携し、新たなメディア〈スポットライトPA〉を立ち上げ、州政府に特化した調査報道を行うようになった。

「ペンシルベニアは大きな州なのに、州議会を取材する記者が全社合わせて12人にまで減って、われわれが置かれた状況は危機的レベルに達した」と、編集長クリストファー・バクスターは語る。
報じるべきニュースがたくさんあり、重要な決定がいくつもなされているにもかかわらず、それらがほとんど報じられなくなった、このチェックする新聞がなくなった事態を打開するためにこそ、スポットライトPAを立ち上げた、というのだ。

2019年、スポットライトPAは1年間をかけて調査を進め、州議会議員が税金を選挙費用という名目で高級レストランでの飲食やスポーツ観戦に使っていることを告発。
その金額は日本円にして4億円に上ったというから、日本で言えば地検特捜部マタークラスの大スキャンダルである。

デンマークでは、2015年から国際コンストラクティヴ(建設的)・ジャーナリズムという新たな運動が始まった。
イラク戦争当時におけるアメリカの巨大ジャーナリズムを反面教師として、ただ単に情報を垂れ流すだけでなく、市民とともに問題解決に取り組むジャーナリズムを目指そう、というものだ。

ここでは、草の根ジャーナリズム的な運動の一例として、デンマークの公共放送DRの番組『パブリック・サービス』の活動が紹介される。
リスナーから情報を得て記者が取材に向かい、一緒になって解決策に取り組む、という番組で、デンマークでの食品ロス問題、ノルウェーでのゴーストネット(放置魚網)問題の取材に出かけ、リスナーから生の声を聞き出す記者たちの生き生きとした表情が印象的だ。

そうした最中の2020年、新型コロナウイルスがロブソン郡を直撃し、地元企業のほとんどが休業に追い込まれたため、ただでさえ減っていた広告料が激減。
印刷所のスタッフなど12人を解雇した上、週5日の発行日を週2日に削り、もはや新聞としての体をなさなくなってしまった。

上司から解雇すべき記者のリストを作るように言われたダグラス編集長は「それならオレをクビにしてくれ」と申し出て、今年3月27日、24年間勤めたロブソニアンを去った。
ロブソニアンの記者はいま、たったの4人しか残っていない。

CNNによれば、コロナ禍の拡大によって解雇されたローカルメディアの職員は約2万8000人。
こうした状況を打開するべく、NGOでは地域メディアを支援するプロジェクトを発足させた。

ニュース砂漠化を食い止めるため、地域メディアの経営者やジャーナリストが、自分たちの経験やノウハウを提供するこのプロジェクトの名前は、砂漠に最もふさわしい「オアシス」。
全米800のローカルメディアを調査し、新たなメディアの在り方や広告に頼らない経営方法を模索し、研究する活動を続けているという。

皮肉なことに、NGOに資金を提供しているのは、新聞をここまで追い込んだ原因のひとつでもあるグーグルだ。
「オアシス」に参加した人々は連日、オンライン会議で様々な意見を交換し合っているが、その努力が彼らの目指す地域メディアの復活、採算の取れるスモールビジネスの確立につながるのか、いまはまだ誰にもわからない。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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