『感染症の世界史』石弘之😁😳😱🤔🤓

角川書店 初版:2019年1月25日 7版:2020年3月20日 定価1080円=税別
単行本発行:2014年 洋泉社

新型コロナウイルス以前に、そもそもウイルスとは、そのウイルスによる感染症とは何なのか?
僕も含めて、わかっているようでいて実はよくわかっていない、という人は意外に多いのではないだろうか。

そういう漠然とした疑問に、まるで痒いところに手が届くように答えてくれるのが本書である。
ウイルスや細菌のような微生物が人や動物などの宿主に寄生することを「感染」と言い、これが原因で起こる病気が「感染症」だ。

こうした微生物は地球上に人類が誕生した20万年前よりもはるか昔から存在していて、人類の進化によって変異を重ねながら様々な新種を生み出し、人や動物への寄生=感染を繰り返してきた。
例えば、割と最近知られるようになったピロリ菌にしても、その発生は5万8000年前に遡り、ピロリ菌の拡大を追跡調査することで当時の人類の大陸間移動の足跡まで明らかになったという。

ウイルスや細菌を人類と切っても切れない存在にしたのは、農業や牧畜の発達による人間生活の定住化・人間社会の密集化である。
もともとは山野で動植物と共生していたウイルスは、人類の開墾・開発によって宿主の野生動物がいなくなるとともに、人間の生活圏に移動し、まず家畜、次に人間へと宿主を変えて生き延びていったのだ

最近のわかりやすい例として、現在の新型コロナウイルスの前、2014年に猛威を振るったエボラ出血熱があげられる。
これはコウモリに寄生していたウイルスが、豚や鶏を媒介にして人間社会に広まったと言われている。

西アフリカの原住民にはもともと、コウモリを食べる習慣があった。
そこへもってきて、農業の進歩、開墾池の拡大に伴い、コウモリの定住地である密林や洞窟が失われていく。

そうした農業と牧畜の進化につれて、コウモリと人間の生活圏の距離が一挙に接近した。
そうして、コウモリの抱えたウイルスが家畜の豚や鶏へ、さらにその家畜の世話をし、肉、乳、卵を食する人間へと移り住んだのだ。

定住化・密集化と感染症の繋がりを示す、最も顕著で悲劇的なケースが、19世期のヨーロッパにおける産業革命とコレラの因果関係だろう。
急激な産業の進化、経済の膨張が進む一方、公衆衛生がなおざりにされ、排泄物を介してコレラが広まり、致死率は約50%に達して、イギリスでは1万4000人、フランスでは実に10万人が死んだという。

本書では、そうした人類の進化とウイルスの変化、両者の密接に繋がった関係が、科学的にはもちろん、歴史的な側面からも詳しく、丁寧に解説されている。
ペスト、天然痘、エイズなど、新たな感染症が発生するたびに、どのような歴史的人物、著名な文化人や芸能人が亡くなったか、さらに感染症の流行を題材とした文学や映画まで紹介しているあたりも一般的な読者には馴染みやすく、理解を深める大きな一助となっている。

1980年に天然痘の根絶が宣言され、翌81年に日本におけるポリオの発症がゼロになったとき、医学は感染症を完全に制圧する日も近い、と信じられた。
ところが、それからほどなくしてエイズが新たな死病として蔓延、インフルエンザも次から次へと突然変異を繰り返し、新型ウイルスを量産し始める。

しかも、エボラ出血熱、デング熱、鳥インフルエンザ、SARSやMERS(ともに新型コロナウイルスの一種)などなど、最近になるにつれ、様々な新種の出現がますます頻繁になってきた。
本書の刊行は昨年1月で、現在の新型コロナがパンデミック(世界的大流行)を引き起こす前(校了まで遡ると恐らく前年中のはず)だったが、その時点でいつまたパンデミックが起こってもおかしくない、と著者は言い切っている。

著者は東大卒業後、朝日新聞で環境問題を専門に取材し、退社して国連で世界的な環境調査に従事、新たな感染症が発生するたび、アフリカなどの現地に飛び、調査を重ねてきた。
長年の調査・研究生活の間に罹った感染症はマラリア、コレラ、デング熱、アメーバ赤痢などなど、出張先で一日中トイレから出られなかった日もたびたびだったという。

そういう経験を通して、「感染症は自然災害より戦争より多くの人間を殺してきた」が、「地球に住む限り、感染症から逃れる術はない」「共存するしかない」と著者は説く。
79歳だった刊行当時は、あらゆる病原体が「戦友」のように思える境地にまで達したそうだ。

メディアや識者はいま、連日新型コロナとの「戦い」を強調し、「頑張ろう」「コロナをやっつけよう」と声高に主張する。
しかし、いずれ新型コロナウイルスの治療薬やワクチンが開発されても、早期に根絶することは難しいだろう。

それなら、しばらくはコロナとの共存を受け入れ、感染しないよう注意を払って生き続けるしかないのではないか。
人間は、ペストや天然痘、エイズやインフルエンザとも、そうやって折り合いをつけてきたのだから。

😁😳😱🤔🤓

2020読書目録
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※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😆😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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