『リチャード・ジュエル』😊

Richard Jewell 131分 2019年 アメリカ=ワーナー・ブラザース

クリント・イーストウッド監督は近年、実話に基づいたノンフィクション系映画を精力的に製作している。
最近、ぼくが観た作品群を思い出しただけでも、『運び屋』(2018年)、『15時17分、パリ行き』(2017年)、『ハドソン川の奇跡』(2016年)、『ジャージーボーイズ』『アメリカン・スナイパー』(2014年)、『J・エドガー』(2011年)、『チェンジリング』(2008年)、『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(2006年)など、非常に見応えのあるものが多い。

今年で90歳になるのに引退など小指の先ほども考えていないようで、本作はイーストウッド自身が4年前から映画化を計画し、自らワーナー・ブラザースと20世紀フォックスに共同製作を持ちかけたという。
そういう思い入れがあるからか、犯罪捜査をテーマとした作品としては、『チェンジリング』以来の大変な力作となった。

1996年7月27日夜、オリンピックたけなわのアトランタ市内、メイン競技場付近の記念公演で、ジャック・マック&ザ・ハート・アタックのコンサートの最中に爆破事件が発生。
パイプ爆弾の第一発見者となった警備員リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)は当初、マスコミに英雄に祭り上げられ、出版社に自伝の執筆まで持ちかけられる。

ところが、事件の捜査に乗り出したFBIは、「殺人と爆弾テロは第一発見者を疑え」というマニュアルに従い、ジュエルを最重要容疑者と認定。
ジュエルがかつてピードモント大学の警備員をしていたころ、行き過ぎた行為があったとして解雇されていた過去があったことなどから、英雄願望の強い〝ホワイトトラッシュ〟ジュエルの自作自演の犯罪だったという疑いが強まる。

何とかジュエルを逮捕しようとするFBI捜査官トム・ショウ(ジョン・ハム)の手口は実に狡猾にして悪辣で、アトランタ支局にジュエルを連れ込み、言葉巧みに被疑者に権利放棄させる書類にサインさせようと迫る。
もともと警官や軍人に憧れていたジュエルは、この時点でまだFBIに協力できることに喜びを感じており、ショウはそこに付け込もうとしたのだ。

しかし、かつて副保安官を務めたこともあったジュエルは、身の危険を感じてサインを拒否。
法律事務所で備品係の用務員をしていたころに知り合った弁護士ワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)に電話をかけ、留守番電話にFBIのアトランタ支局に来てほしいと吹き込む。

事務所に帰ってきたブライアントが折り返しアトランタ支局に電話をかけると、FBIはジュエルという人間はいないと誤魔化して取り次ごうとしない。
これは怪しいと察知したブライアントは取調室に押しかけ、すんでのところでジュエルを救い出す。

一方、ショウはジュエルを追い詰めるべく、アトランタ・ジャーナルの記者キャシー・スクラッグス(オリヴィア・ワイルド)に行きつけのバーでジュエルが第一容疑者だとリーク。
大喜びでこれを記事にしたスクラッグスがまたとんでもない記者で、ネタを取るためならショウを色仕掛けで籠絡することも、ブライアントの車に忍び込むことも厭わない。

アトランタ・ジャーナルの報道をきっかけに、CNNなど大手メディアもジュエルが容疑者であることを大々的に報道。
こうして英雄から一転、〝疑惑の主役〟となったジュエルが母親ボビ(キャシー・ベイツ)と暮らすタウンハウスの前には、連日多数のメディアが殺到し、衆人監視の中をFBIが家宅捜索にやってくる。

そうした悪夢のような日々を送る中で、少々天然で世間知らずだったジュエルもようやく公権力に歯向かうことを決意。
「あいつら(FBIとメディア)はおまえを電気椅子送りにするぞ! 悔しくないのか! 怒ってないのか!」と、あえてジュエルを罵倒するブライアントに対し、「おれだって怒ってるんだ! 頭にきてるんだ!」と初めて憤りを剥き出しにするシーンが感動的だ。

ただ単に冤罪の恐ろしさが描かれているだけでなく、日本人のわれわれにとっては勉強になるディテールも少なくない。
これが日本ならすぐに逮捕状が出て拘置所に留置されるところだが、容疑者の人権に対する配慮が行き届いているアメリカでは、1996年の時点においてすら、FBIの取調には常に弁護士が同席し、助言や相談をすることが許されている。

翻って2019年のわが国では、カルロス・ゴーンがひとりだけで取調を受け、弁護士とは限られた時間しか会うことができず、「人質司法」だと世界的な批判を浴びているのが実情だ。
昔の袴田事件や今の痴漢冤罪でも明らかなように、日本では刑事裁判の有罪率が99.9%で、一度警察に疑われたらおしまい、という意味では、この映画に描かれたアメリカに比べていまなお前時代的な制度のままにとどまっている。

なお、映画としては、FBIのショウ、アトランタ・ジャーナルのスクラッグスが悪役としてカリカチュアライズされ過ぎているように感じられた。
ショウは当時の捜査官を複数合成した架空のキャラクターだそうだが、スクラッグスは実在の人物だというから、よくクレームがつかなかったものだと思う。

採点は85点。

TOHOシネマズ新宿・日比谷・六本木ヒルズ、丸の内ピカデリーなどで公開中

2020劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)

2『パラサイト 半地下の家族』(2019年/韓)90点
1『フォードvsフェラーリ』(2019年/米)85点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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