『愛その他の悪霊について』ガブリエル・ガルシア=マルケス

Del amor y otros demonios
新潮社 翻訳:且敬介 199ページ 定価1900円=税別 
第1刷:1996年5月30日 第5刷:2004年1月30日 原著発行:1994年

ガブリエル・ガルシア=マルケスが1994年、65歳で発表した中編小説。
マルケスはこの10年後の2004年、最後の小説『わが悲しき娼婦たちの思い出』を発表した10年後の2014年に亡くなったので、本作は遺作の1本前の作品ということになる。

植民地だった18世紀半ばのコロンビア、カタルヘーナの街で12歳の侯爵令嬢シエルバ・マリアが額に白い斑点のある犬に噛まれた。
やがて狂乱状態に陥ったマリアを、医師アブレヌンシオは狂犬病と診断するが、保守的な司教に悪魔憑きだと吹き込まれた父親カサルドゥエロ侯爵は、娘を修道院に幽閉してしまう。

悪魔祓いのためにカエターノ・デラウラ神父が遣わされると、独房に軟禁されていたマリアは激しく反発。
反吐や排泄物が飛び散り、悪臭が漂ってきそうなこのあたりの描写は、映画『エクソシスト』(1973年)のリーガンとカラス神父を彷彿とさせる。

デラウラ神父は毎日独房に通ううち、マリアに愛情を抱くようになり、神父の気持ちを知ったマリアも神父に心を開く。
しかし、司教と修道院長は悪魔祓いの儀式を最後まで完遂するよう神父に命令。

神父としての使命と、マリアへの愛情との板挟みになったデラウラは、解決策を求めてアブレヌンシオ医師の家を訪問する。
ここで物語の鍵となる禁書をめぐり、デラウラとアブレヌンシオの間で戦わされる議論は非常にスリリングで、ウンベルト・エーコ原作の映画『薔薇の名前』(1986年)のような知的サスペンスを堪能させてくれる。

神秘的で幻想的ながら、生々しい雰囲気に満ち、救い難い結末を迎えるストーリーは、『エレンディラ』(1978年/邦訳1983年)、『迷宮の将軍』(1989年/同1991年)によく似ている。
面白さや重要性は他の代表作ほどではないかもしれないが、これもまたガルシア=マルケス的世界の一つの完成形と言っていいだろう。

2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

34『誘拐』ガブリエル・ガルシア=マルケス著、且敬介訳(1997年/角川春樹事務所)
33『エペペ』カリンティ・フェレンツ著、池田雅之訳(1978年/恒文社)
32『仁義なき戦いの〝真実〟 美能幸三 遺した言葉』鈴木義昭(2017年/サイゾー)
31『ある勇気の記録 凶器の下の取材ノート』中國新聞社報道部(1994年/社会思想社 現代教養文庫)
30『誇り高き日本人 マルカーノ選手』藤井薫(1979年/恒文社)
29『ブルース・リー伝』マシュー・ポリー著、棚橋志向訳(2019年/亜紀書房)
28『タイムマシンのつくり方』広瀬正(1982年/集英社 集英社文庫)
27『時の門』ロバート・A・ハインライン著、稲葉明雄・他訳(1985年/早川書房 ハヤカワ文庫)
26『輪廻の蛇』ロバート・A・ハインライン著、矢野徹・他訳(2015年/早川書房 ハヤカワ文庫)
25『変身』フランツ・カフカ著、高橋義孝訳(1952年/新潮社)
24『ボール・ファイブ』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1979年/恒文社)
23『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』クリストファー・リーブ著、布施由紀子訳(1998年/徳間書店)
22『ベストセラー伝説』本橋信宏(2019年/新潮社 新潮新書)
21『ドン・キホーテ軍団』阿部牧郎(1983年/毎日新聞社)※
20『焦土の野球連盟』阿部牧郎(1987年/扶桑社)※
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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