クローズアップ現代+『なぜ男は冬富士へ向かったのか〜ネット生配信の先に〜』(NHK総合)

初放送:2019年12月18日午後10時〜 30分 NHK
(※画像は筆者撮影。番組とは関係ありません)

今年10月末、ニコニコ動画でのライブ配信、いわゆるニコ生配信をしながら富士山の頂上近くまで登り、滑落して亡くなった男性がいた。
マスコミには男性が入山禁止の時期にもかかわらず、夏用の装備で登ったことが批判的に報じられている。

何度も繰り返し再生された動画には、滑落してゆく男性を嘲笑うかのような罵詈雑言が多数書き込まれていた。
とても嫌な気分になり、それっきりこの事件のことは忘れていたのだが、きのうたまたま見ていたNHKの〈クローズアップ現代+〉に、この男性のことが改めて紹介されていたのである。

男性は私が住んでいる神楽坂界隈から地下鉄で1〜2駅、早稲田大学の近くにある家賃28,000円の木造平家の一部屋に下宿していた。
47歳、無職、独身で、弁護士を目指して司法試験の勉強をしながら、パソコンでニコ生配信を続けていたという。

TEDSU(テツ、DはTの打ち間違いか)という名前でライブ配信していた画像は、自転車のハンドルバーに装着したスマホで撮影した動画が多い。
ハンドルバーは明らかにロードバイクのドロップハンドルで、このあたりからだんだん、この男性が他人とは思えなくなってくる。

NHKのカメラはテツさんの部屋に入り、彼が首都圏の病院に通院中だったことを示す何枚もの診察カードを映し出す。
彼は亡くなる直前まで、大腸がんの治療を受けていたのだ。

ロードバイクで走行中の動画をライブ配信していると、音声化された視聴者のコメントがテツさんの耳に飛び込んでくる。
富士山に雪は降ってるかな、頂上はもう白くなっているだろうか、と。

テツさんを富士山に向かわせるきっかけになったのは、恐らくこのコメントだ。
彼のニコ生中継の視聴者は2〜3人しかいなかったというから、コメントした本人がこの画像を見たら、すぐに自分だとわかるに違いない。

テツさんががんを患っていたとはいえ、治療を続けていた以上、自殺願望があって富士山に登ったのだとは考えにくい。
職もなく、引きこもりがちな日々の中、僅かながらも外界とつながっていることを感じさせてくれる視聴者の期待に応えようと、むしろ前向きな気持ちで、彼は富士山の頂上を目指したのではないだろうか。

この番組には、ライブ配信を通じてつながっていた人物も登場し、インタビューに応じている。
自身もテツさんと同じように孤独な境遇にあったという男性が、ネットを通じてだけではなく、もっと現実にテツさんに会っていればよかったのかもしれない、と語る表情が印象的だった。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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