『仁義なき戦いの〝真実〟 美能幸三 遺した言葉』鈴木義昭

246ページ サイゾー 初版第1刷:2017年1月21日 定価1400円=税別

東映ヤクザ映画不朽の名作『仁義なき戦い』シリーズ(1973〜74年)はよく知られているように、飯干晃一が週刊サンケイに連載し、のちに単行本となった同題ノンフィクションが原作である。
カバーに記された正確なタイトルは『仁義なき戦い 広島やくざ流血20年の歴史 「美能組」元組長 美能幸三の手記より』(現在読める角川文庫版は『死闘篇』と『決戦篇』の2分冊)。

サブタイトルにある通り、元ネタは広島抗争の中心にいた美能組組長・美能幸三の手記で、彼が映画で菅原文太演じる広能組組長・広能昌三のモデルになったこともまた、〝仁義ファン〟にとっては広く知られた基礎知識だ。
では、なぜ美能は原稿用紙にして約700枚もの手記を書こうと思い立ったのか、また美能はもともと筆まめで文章の達者な人物だったのか。

という素朴な疑問に答えてくれたのがこの本である。
美能は2010年3月17日、83歳で亡くなっているが、著者はその12年前、糖尿病の後遺症ですでに車椅子生活に入っていた美能に2度に渡ってロングインタビューを敢行。

美能とは朝まで飲み明かしたこともあったそうで、自分の手記がノンフィクションや映画になった経緯、それらに対する〝当事者兼真の原作者〟としても忌憚のない感想を聞き出している。
現実の山村組組長・山村辰雄を辛辣な言葉で評する一方、映画で山村をモデルとした山守義男役・金子信雄との交流を明かし、実に楽しそうに様々なエピソードを語っているくだりが興味深い。

ただし、〝仁義ファン〟ならすでによく知っている映画のセリフ、脚本家・笠原和夫の著書の引用も多く、そうしたものよりもっと美能自身の肉声を盛り込んでほしかったところだ。
もっとも、生前のインタビューを再度書き起こし、美能幸三の評伝として出版することには、遺族から反発も受けたそうで、妥協案としてこういう体裁にせざるを得なかったのかもしれない。

美能には自著もあり、前出の飯干の連載終了後、同じ週刊サンケイで『極道ひとり旅 続・仁義なき戦い』を連載し、1973年に単行本として出版された。
実は、本書もこの美能の著書を下敷きにして書かれている、ということが終章で明かされている。

これだけ映画『仁義なき戦い』が評価され、美能の著書の復刻を望むファンの声が多いにもかかわらず、この本は絶版となったまま。
ネットの古書店で4〜5万円もの高値がついているところに、いまだに衰えない『仁義なき戦い』の人気がうかがえる。

2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

31『ある勇気の記録 凶器の下の取材ノート』中國新聞社報道部(1994年/社会思想社 現代教養文庫)
30『誇り高き日本人 マルカーノ選手』藤井薫(1979年/恒文社)
29『ブルース・リー伝』マシュー・ポリー著、棚橋志向訳(2019年/亜紀書房)
28『タイムマシンのつくり方』広瀬正(1982年/集英社 集英社文庫)
27『時の門』ロバート・A・ハインライン著、稲葉明雄・他訳(1985年/早川書房 ハヤカワ文庫)
26『輪廻の蛇』ロバート・A・ハインライン著、矢野徹・他訳(2015年/早川書房 ハヤカワ文庫)
25『変身』フランツ・カフカ著、高橋義孝訳(1952年/新潮社)
24『ボール・ファイブ』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1979年/恒文社)
23『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』クリストファー・リーブ著、布施由紀子訳(1998年/徳間書店)
22『ベストセラー伝説』本橋信宏(2019年/新潮社 新潮新書)
21『ドン・キホーテ軍団』阿部牧郎(1983年/毎日新聞社)※
20『焦土の野球連盟』阿部牧郎(1987年/扶桑社)※
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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