『時の門』ロバート・A・ハインライン

The Menace from Earth
早川書房 ハヤカワ文庫 363ページ 翻訳:福島正実、稲葉明雄、矢野徹、志摩隆、斎藤柏好
発行:1985年8月31日 第7刷:1991年12月31日 定価560円=税込/古書
原語版発行:1959年

表題作はタイムパラドックス・テーマの不朽の名作と言われ、邦訳も長らく絶版と再版を繰り返しており、この文庫本が品切れとなった1990年代以降、しばらく〝幻の傑作〟となっていた。
ネットの発達で古書が入手しやすくなってからも、この『時の門』だけは3000円以上の高値がついていておいそれとは手が出ず。

それならばと神保町のSF専門古書店へ行ったら、ハインライン傑作集4冊まとめて売られていて、これがまた5000円以上の値が付いている。
ところが、7月にamazonで僅か60円、送料込みで410円で売られているのを発見し、飛びつくように買った。

ぼくが初めて『時の門』の存在を知ったのは、大学受験浪人中の1980年に読んだ筒井康隆の書評集『みだれ撃ち瀆書(とくしょ)ノート』(1979年初版/集英社)である。
ここに『広瀬正・小説全集6「タイムマシンのつくり方」』に筒井が寄せた解説文が収録されており、その中で『時の門』に触れた一節があったのだ。

ハインラインが1941年に著した『時の門』はアメリカで発表された当初から絶賛され、日本でもタイムパラドックス物の古典としての評価が定着している。
そういう大御所の名作に対して、タイムトラベル専門のSF作家として名を成した日本の広瀬正が、『「時の門」を開く』というエッセイで疑問を呈したのだ。

筒井は解説文で広瀬の勇気、タイムトラベル物への執念を讃えながら、当時入手が困難になっていた『時の門』のあらすじを紹介。
これが極上のショートショート並みの面白さだったにも関わらず、とても原典の雰囲気や迫力までは表現できなかった、などと書いてある。

SFオタクだったA先生としては、読みたくて読みたくてたまらなくなった。
その後、様々なタイムトラベル、タイムパラドックスを扱った小説、映画、テレビドラマに接してから49年、ついについに念願の『時の門』を読むことができたのだ。

やはり傑作である、というほかに言葉がない。
出足からむんずと鼻面をつかまれ、散々グイグイ引っ張り回される。

正直、理解しにくいくだりもあるが、立ち止まってそんなものを気にするいとまもあらばこそ、ハインラインならではの力技的ストーリー・テリングによって、ジェットコースターに乗せられたかのようにエンディングまで一直線。
見事なオチがつけられる最後の1行には、ほかに比較しようのないカタルシスを感じた。

翻訳は当時、ダシール・ハメット作品などハードボイルド文学の翻訳に定評のあった稲葉明雄で、序盤の乱闘場面からラストの大団円まで切れ味たっぷり。
ほかの収録作品ではジュヴナイル短篇『地球の脅威』(福島正実訳)が面白い。

2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

26『輪廻の蛇』ロバート・A・ハインライン著、矢野徹・他訳(2015年/早川書房 ハヤカワ文庫)
25『変身』フランツ・カフカ著、高橋義孝訳(1952年/新潮社)
24『ボール・ファイブ』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1979年/恒文社)
23『車椅子のヒーロー あの名俳優クリストファー・リーブが綴る「障害」との闘い』クリストファー・リーブ著、布施由紀子訳(1998年/徳間書店)
22『ベストセラー伝説』本橋信宏(2019年/新潮社 新潮新書)
21『ドン・キホーテ軍団』阿部牧郎(1983年/毎日新聞社)※
20『焦土の野球連盟』阿部牧郎(1987年/扶桑社)※
19『失われた球譜』阿部牧郎(1998年/文藝春秋)※
18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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