イチローは空腹だった ぼくは眠かった

記者会見場の真ん中より後ろからiPhone XSで撮ったイチローの画像

これを書いているいま、眠くて眠くて仕方がない。
一刻も早くベッドに潜り込んで泥のように眠ってしまいたい。

昨夜は東京ドームでのメジャーリーグの開幕戦、アスレチックス−マリナーズ戦が延長十二回、23時5分までかかった。
それだけでもうんざりするのに、近所の東京ドームホテルで試合後のイチローの引退会見が始まったのが23時56分で、延々と午前1時20分まで続いた。

イチローは会見の最後、「お腹空いた〜!」と叫んでいた。
ぼくは会見場の中央近く、やや後ろの席で「睡眠時間がなくなった〜!」と泣いていた(心の中で)。

翌日、というよりこの日(つまりきょう)の朝は8時からTBSラジオ『森本毅郎スタンバイ!日本全国8時です』に出演しなければならない。
トップの話題はこの「イチロー引退」になるに決まっているから、最後まで取材しておく必要がある。

会見終了後、神楽坂の自宅へトボトボ歩いて帰りながら、番組のADさんに電話し、打ち合わせを済ませたのが午前2時。
それからシャワーを浴びてもすぐに寝られるわけがなく、やはり缶ビールをプシュッ!とやって、この日の出来事をぼんやりと振り返る。

会見自体はなかなかよかったと思う。
かつては偏屈で怒りっぽくて、しょっちゅうダンマリを決め込んでいたイチローが、「きょうだけはみなさんととことん付き合います」と宣言。

それなのに、付き合いの長い記者ほど、最後の会見だからとかえってイチローの気分を損ねないよう、遠慮がちに質問していた雰囲気に感じるところがあった。
イチローの囲み取材は、彼が記録を伸ばせば伸ばすほど、独特の緊張感に溢れた修羅場(は大袈裟か)になっていたから。

イチローらしいなあ、と思ったのは、オープン戦から開幕2連戦で「結果を残せなかった」とは言っても、「限界」や「衰え」という言葉だけは口にしなかったこと。
決して強がりではなく、ベンチにいるだけでありがたがられる日本の球団なら、まだ1〜2年はプレーできたかもしれない。

寝室で3時半ごろに寝てから3時間弱、6時20分には目覚まし時計にたたき起こされた。
7時過ぎに迎えのハイヤーに乗り、TBSラジオで一仕事終えたあと、帰宅してからも原稿を1本。

午後2時過ぎ、行きつけの床屋で散髪してもらっている最中は、さすがにたまりかねて爆睡。
なお、これまで金髪、オレンジ、プラチナブラウンと染めてきた髪の色は、久しぶりに濃いめの茶髪に変えてみました。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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