『恐怖の報酬 オリジナル完全版』

Sorcerer

『恐怖の報酬 オリジナル完全版』

 この映画は日本で初公開された1977年、広島市の繁華街・流川にある広島リッツ(現在は閉館)で見た。
 当時、私は中学3年生で、公開前に洋画雑誌〈ロードショー〉(現在は廃刊)に掲載され、ポスター(画像)にも使われた宣伝用スチールを見て興奮し、ワクワクしながら劇場へ足を運んだ覚えがある。

 しかも、監督が『エクソシスト』(1973年)のウィリアム・フリードキン、主役が『ジョーズ』(1975年)のロイ・シャイダー、元ネタがアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督の映画史上に残るサスペンスの傑作。
 これだけの強力なセールスポイントがそろったら、日本全国にいた私のような映画小僧の好奇心を刺激しないわけがない。

 結果はご存じの通り、期待に応えたというには程遠い出来栄えだったものの、この映画の幻想的かつ悪夢のような映像と雰囲気には大いに惹きつけられた。
 日本で公開されたヴァージョンは30分以上カットされた国際版だった、という情報は当時の映画雑誌でも伝えられ、いつかはノーカット版を見てみたいと思ったものである。

 そういう記憶をすっかりなくしていた今年、突然このオリジナル完全版が日本でも公開されたのだ。
 せっかくだからできるだけ条件のよい劇場で見ようと思い、9日の日曜朝9時50分、「極上音響」を売り物にしている立川のシネマ・ツーで鑑賞した。

 この映画はトラックのエンジン音、爆弾やニトログリセリンの爆発音、それにタンジェリン・ドリームによるテーマ曲など、全編を覆う音が絶大な効果をあげている。
 これからご覧になる方にも、できるだけ音響設備の優れた劇場で見られることを勧めたい。

 冒頭の30分間、のちに南米ポルヴェニールの奥地でニトロを運ぶことになる4人の男たちの過去が描かれる。
 初公開当時、配給会社のCICに余分だと判断され、バッサリ切り捨てられたくだりだが、このシークェンスが予想以上に面白く、効果的な布石が打たれていることがよくわかった。

 シャイダー演じる人物はもともとアイリッシュ・マフィアで、強盗の際に逃走用の運転手を務めていた人物。
 だからこそ、逃亡先でニトロの運び屋に志願したということも、ファン・ドミンゲスが偽名でスキャンロンという本名があることも、初公開版ではまったくわからなかった。

 マルケス(カール・ジョン)を殺してニトロの運搬に加わるニーロ(フランシスコ・ラバル)はプロの殺し屋で、行く手を阻む大木の爆破に知恵を絞るカッセム(アミドゥ)は爆弾に精通したアラブゲリラ。
 さらに、スキャンロンの向こうを張って2台目のトラックを運転するセラノ(ブルーノ・クレメル)は、本名をマンゾンというパリ在住の投資家だったが、証券取引所の頭取から不正取引を追及され、行方を暗まさざるを得なくなった。

 セラノがトラックを運転しながら、パリで妻(アンヌ・マリー・デコット)に10回目の結婚記念日にプレゼントされた腕時計をカッセルに自慢する場面がある。
 腕時計はずっとパリ時間のままにしてあり、「パリはいま朝の9時5分だ」と言ってセラノが微笑んだ次の瞬間…。

 人生が一瞬にして暗転する衝撃、急転直下の落差、さらにそれを後方で知ったスキャンロンとニーロの驚きは、序盤の30分間を見ていないと理解できない。
 そういう意味で、この映画はクルーゾー監督版『恐怖の報酬』(1953年)と同様、サスペンス映画の枠を超え、人間の運命の酷薄さ、隣り合わせになっている生と死のコントラストを鮮やかに描いて見せた文芸作品であるとも言える。

 幕切れも41年前の短縮版とはまったく異なり、クルーゾーに対するオマージュの溢れたバッド・エンドとなっている。
 そこにタンジェリン・ドリームの旋律がかぶさり、『エクソシスト』を彷彿とさせるエンド・クレジットが流れたときは、思わず鳥肌が立ったほど。

 ちなみに、脚本を書いたウォロン・グリーンはラテン・アメリカ文学を愛読しており、私も読んだガブリエル=ガルシア・マルケス(ノーベル賞作家)の『百年の孤独』(1967年)を参考にするようフリードキンに勧めたそうだ(ニーロに殺される老人の名前がマルケスなのはそのオマージュか)。
 オスカー監督フリードキンが「私の最高傑作」と自負し、オリジナル完全版の公開に執念を燃やし、人生をかけて取り組んだのもうなずける傑作。

 採点85点。

(国際版 1977年 アメリカ=ユニバーサル・ピクチャーズ、パラマウント・ピクチャーズ/日本配給1978年 91分
 4Kデジタルリマスター・オリジナル完全版=北米版 2013年 アメリカ=ワーナー・ブラザース/日本配給2018年 コピアポア・フィルム 121分)

ヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿、立川シネマ・ツーなどで公開中

※50点=落胆 60点=退屈 70点=納得 80点=満足 90点=興奮(お勧めポイント+5点)

2018劇場公開映画鑑賞リスト
8『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年/英、米)80点
7『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』(2017年/瑞、丁、芬)70点
6『ザ・シークレットマン』(2017年/米)80点
5『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』(2017年/米)75点
4『万引き家族』(2018年/ギャガ)85点
3『カメラを止めるな!』(2017年/ENBUゼミナール、アスミック・エース)90点
2『孤狼の血』(2018年/東映)75点
1『グレイテスト・ショーマン』(2017年/米)90点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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