『マリア・シャラポワ自伝』マリア・シャラポワ

Unstoppable My Life So Far

シャラポワを長年取材しているフランス人ジャーナリスト、フローラン・ダバディは、著者と本書の印象についてこのように表現している。
 シャラポワはプロテニスプレーヤーという以上に「自身の名を冠した大企業の社長」で、「そのブランドのすべてがコートの成績に左右される」のだ、と。

 Sports Graphic Number959に掲載されたこの書評を読むと、私はすぐにAmazonで本書を取り寄せた。
 これは面白そうだ、とピンとくるものがあったのだ。

 私は11年前、女子シングルスの世界ランキングで最高8位になった杉山愛さんにインタビューしたことがある。
 現在、テレビ・コメンテーターとして活躍している彼女を見ればわかるように、語り口は明るく、論旨も明快で、こちらの質問の意図をすぐさま察知して答えてくれた。

 テニス・スクールに例えると、こちらのサーブから始まったラリーが快適に続けられるよう、大抵は柔らかで、時に驚かせるようなショットを返してくる優しいインストラクターのおねえさん、という感じ。
 おかげで、相槌を打ちながら楽しく話を聞いているうちに、たっぷりコラム2~3本分の内容を取材することができた。

 ただ、その最中、ほかのジャンルのスポーツ選手からは感じられない違和感を覚えたのも確かである。
 杉山愛にインタビューしながら、時間が経つにつれ、何だか杉山本人ではなく、杉山愛の広報担当者に話を聞いているような気がしてきたのだ。

 つまり、杉山さんはそれだけ、自分のテニス、自分の人間像・アスリート像を客観的に捉えており、それをさらに第三者にもよくわかるような言葉に置き換えるセンスと話術を持っていたわけだ。
 その杉山さんが、テニスプレーヤーとして一皮剥けるきっかけになったのは、いわゆる「テニスママ」だった母親の「テニスはあなたの仕事なのよ」という一言だったという。

 それまで、スポーツとしてテニスに打ち込んでいた杉山さんは、調子が上がらないとき、そのせいで試合に負けたときの自分が許せずに落ち込むことが多々あったという。
 しかし、「テニスはスポーツ以上に仕事なのだ」と認識を改めてからは、「仕事なのだからいい時もあれば悪いときもある」と切り替えられるようになったそうだ。

 ロシアに生まれたシャラポワは4歳でテニスを始め、6歳で父親とともにアメリカに渡り、様々なテニス・アカデミーで練習を重ねたのち、11歳でスポーツ・エージェント最大手のIMGと契約を結ぶ。
 そのとき、「生まれて初めて、この(テニスの)世界がどんなふうなのかをいくらか理解した」と、こう綴っている。

「テニスはスポーツだが、単にスポーツというだけではない。
 そこに情熱はあるが、ただ情熱だけではない。
 これはビジネスだ、お金なのだ」

 そして、「(テニスの世界では)誰かが儲かれば、誰かが損をすると思われている。限られたパイの奪い合いをみんなでやっているのだから、もっともだ」と書き、自分の成功がいかにライバルたちの嫉妬心を煽ってきたかを語っている。
 試合終了直後、ネットを挟んで勝者と敗者が称え合う一見感動的な光景についても、「試合後のネット際ほど、でたらめでインチキくさいことを言われる場所は世の中にない」と断言しているほど。

 追いつけ追い越せでやってきた〝女王〟セリーナ・ウィリアムズの振る舞いや二面性に対する観察眼も冷徹で、突き放して描写した言葉にもまったく容赦がない。
 日本ではいま、大坂なおみのおかげで女子プロテニスプレーヤーがふたたび注目を集めているが、これをきっかけにテニスそのものに興味を抱いた人たちすべてにお勧めしたい1冊。

 読めば確実に、あなたのテニス観は変わるだろう。
 良くも悪くも。

(発行:文藝春秋 翻訳:金井真弓 初版第1刷:2018年6月30日 定価:2100円=税別
 原著発行:2017年 アメリカ)

2018読書目録

18『スポーツライター』リチャード・フォード (1987年/Switch所収)
17『激ペンです 泣いて笑って2017試合』白取晋(1993年/報知新聞社)
16『激ペンだ! オレは史上最狂の巨人ファン』白取晋(1984年/経済往来社)
15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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