『死にゆく者への祈り』ジャック・ヒギンズ

A Prayer for the Dying

 映画化された『鷲は舞い降りた』(1975年)でベストセラー作家となったジャック・ヒギンズが〈ハヤカワ・ミステリ・マガジン〉のアンケートに答え、「著者自身が最も好きな作品」として挙げた1冊。
 元IRA(アイルランド共和国軍)中尉の殺し屋マーチン・ファロン、元SAS(特殊空挺部隊)中尉の神父マイケル・ダコスタの友情と葛藤を軸に、英国北部の田舎町で巻き起こる血と暴力のドラマが描かれる。

 国際手配を受けているテロリストのファロンは、偽造パスポートとオーストラリアへの航空チケット、2000ポンドの報酬と引き換えに、葬儀屋の経営者にして暗黒街のドン、ジャック・ミーアンから商売敵ジャン・クラスコの暗殺を請け負う。
 ファロンが首尾よく墓地での殺しに成功したそのとき、たまたま居合わせたダコスタに現場を目撃されてしまった。

 ダコスタのいる教会を突き止めたファロンは、告解室にいたダコスタに対して「人を殺しました」と打ち明ける。
 カトリックの神父は、相手が殺人者であっても、告解室で聞いた話を決して第三者に明かしてはならない。

 しかし、安心できないミーアンとその弟ビリーや手下たちは、秘かにダコスタを消してしまおうと手を伸ばす。
 その一方、殺人事件の捜査に乗り出した警視庁の警視ニック・ミラーは、クラスコを殺した犯人について証言するようダコスタを懸命に説得していた。

 ミーアンの差し金で足止めを食ったファロンは、教会でオルガンを弾いていたダコスタの姪アンナと知り合い、オルガンのトランペット・ストップの調子がおかしいと指摘する。
 ファロンはIRAの闘士になる前、天才的なオルガン奏者でもあったのだ。

 やがて、教会の中で対峙したファロンとダコスタは、戦時中に自分たちが手を染めた殺人の数々を打ち明け、われわれの心に刻みつけられた罪の意識が癒されることはあるのか、様々に議論を重ねる。
 残りの人生を神父として贖罪に生きようとしているダコスタに対し、殺し屋はしょせん死ぬまで殺し屋でしかないと悟っているファロンは、今回の殺人も「人ではなくブタを殺しただけだ」と吐き捨てる。

 この息詰まるような会話が本作の白眉で、何度読み返しても違った意味があるように感じられ、飽きることがない。
 最初のうちはステロタイプの悪役に見えるミーアンも、いざ本業に立ち戻ると、遺体を慈しむように素晴らしい死化粧をほどこす場面が印象に残る。

 スピーディーな筋立てや奇抜なアイデアで読ませる冒険小説よりはるかに重い読後感は、純文学に相通ずるものがある。
 タイトルもまことに秀逸。

(発行:早川書房 ハヤカワ文庫 第1刷:1982年2月28日 16刷:2013年6月15日 定価:840円=税別)

2018読書目録

15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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