『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ

Fire and Fury:Inside the Trump White House

 1月5日にアメリカ本国で発売されるや、170万部を越える大ベストセラーとなった政界暴露本。
 発売前日の4日、トランプ大統領の顧問弁護団から版元に出版中止を求める書簡が送りつけられ、これでかえって前評判が高まり、予定を前倒しして発売に踏み切ったところ、数時間で全米の書店で売り切れてしまった。

 この反響ぶりは日本のNHKニュースでも伝えられ、早く邦訳が出ないかとヤキモキ(と言うよりワクワク?)していた日本国民も多いことだろう。
 ぼくもそのひとりで、早川書房から発売された2月25日にはすぐ神楽坂の書店〈文悠〉で平積みされていた本書を購入した。

 恐らく、ぼくのような日本の一般庶民なら誰しも、一読してこう感じるに違いない。
 ああ、トランプってバカだバカだと思ってはいたけど、本当にこんなにバカだったんだ、と。

 なにしろ、本1冊を最後まで通読したことが一度もなく、それどころか会議や会見のために用意されたレジュメ1枚読むこともできなくて、失読症の疑いすらある。
 そもそもトランプは、自分が偉大で立派な大統領だと大衆やメディアに思われることにしか興味がない。

 だから、大統領選の最中からオバマケアを再三批判していたのも、単に自分が目立つため、選挙民にアピールするためであり、オバマケアの中身はもちろん、健康保険制度がどのようなものであるかすら理解していなかった。
 大体、メキシコとの国境に壁を作る、その費用をメキシコに払わせるという〝公約〟も話題作りでしかなく、当選後にエンリケ・ペーニャ・ニエト大統領との会談が実現すれば、メキシコと友好な関係を築くためと称してなし崩しにしてしまうつもりだったらしい。

 また、政権やホワイトハウスの内部情報がメディアに筒抜け(というよりダダ漏れ)となっているのも、トランプの性格とふだんの行いに最大の要因があるという。
 トランプは毎晩、ホワイトハウスの寝室でベッドに潜り込むと、3台のテレビを見ながら金持ちの友人たちに長電話をしてはその日起こったことを愚痴ったり自慢したりするので、その友人たちからメディアに内情が流れ出していたというのだ。

 一方、表向きにはあれほどメディアと敵対していながら、実はメディアに褒められたいと渇望していて、広報担当者には「ニューヨーク・タイムズに好意的な記事を書かせろ」と口を酸っぱくして繰り返していたという。
 読み進めるうち、トランプという人物は財力と権力への欲望ばかりが異常に肥大した〝人間真空地帯〟みたいな人物のように思えてくる。

 しかし、まあ、そこまで決めつけるのはいくら何でも短絡的かもしれない。
 というのも、本書は前評判からも明らかな通り、主に首席戦略官兼上級顧問だったスティーヴ・バノンの視点から、ほとんど彼の証言を頼りに構成されているからだ。

 トランプに関する主導権をめぐって激しく対立した娘のイヴァンカ、その夫ジャレッド・クシュナーのふたりは、バノンに言わせれば、トランプより多少マシな程度のバカで、自分たちの利益しか考えていない。
 ホワイトハウス内部ではふたりをまとめて「ジャーヴァンカ」と呼ぶ蔑称まで飛び交っているほどだというあたりも、かなりバノンの感情を反映した表現になっている。

 著者のウォルフによれば、アメリカの政治ノンフィクションはデヴィッド・ハルバースタムの名著『ベスト&ブライテスト』(1972年)以降、その時代を代表するジャーナリズムの花形として成立してきた。
 書かれた内容がいかに暴露的かつ批判的であっても(というより、そうであると同時に)、政治家たちを〝選ばれし者たち〟として大仰に描写することにより、カッコよく、スタイリッシュな分野として認識されていたのだ。

 しかし、そういう活字をベースとした政治ジャーナリズムの在り方も、トランプの登場を契機に大きく変わりそうだ。
 理由や大義などどうでもいいから、世間やメディアに偉大だと思われたいがために矢継ぎ早に大統領令を濫発するトランプは、様々な事件やスキャンダルを猛烈なスピードで次から次へと過去の出来事にしてしまう。

 実際、現在の事態は本書に描かれたころよりも劇的に変化しており、読んでいる間中、随分昔の話を読んでいるような感覚が拭えなかった。
 過去の誰よりもメディアと敵対している大統領は、実はまた誰よりもメディアの寵児として話題を提供し、マスコミ大衆が情報を消化する速度を促進させた大統領でもある。

 一歩引いてトランプと米国メディアのいさかいを眺めていると、何かあるとTwitterで言いたいことをわめき散らし、それを「ほら、またやった!」とばかりにメディアがこき下ろす構図は、下手なコメディ番組のようにしか見えない。
 政治をそういうエンターテインメントにしてしまったところにこそ、トランプの最大の特長(皮肉を込めて「功績」とするべきか)があるのかもしれない。

(発行:早川書房 翻訳:関根光宏、藤田美菜子他10人 翻訳協力:黒川杏奈、株式会社リベル 初版第1刷:2018年2月25日 定価:1800円=税別)

2018読書目録

9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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