『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子

 人様が書いたノンフィクションを一読して、うわあ、やられた、こんな面白い人間がいたのか、知っていればおれが先に手をつけたのに、と思うことがたまにある。
 最近では、本書がその最たる例と言えよう。

 主人公・小畑千代は1955年、19歳でデビューした女子プロレスラーの草分け的存在。
 東京女子プロレスのエースにのし上がり、1968年に女子プロレスラーとして初めてテレビ中継に登場、全国に放映されたタイトルマッチで世界チャンピオンとなっている。

 もちろん一般スポーツとは同列に論じられないのだが、男のプロレスと同様、しょせんはショー、たかが見世物と世間に蔑まれていた半面、女子プロレスは一種独特の熱狂的なファンを生んだ。
 ストリップもどきを見ているつもりで卑猥な野次を浴びせてくる男性客がいる一方で、小畑の戦いぶりに勇気を与えられたと、様々な差し入れをしてくれるだけでなく、現金を握らせてくれる脚の不自由な女性客もいた。

 戦後社会が高度経済成長時代へと突入していく中で、女性の社会的地位はまだまだ低かった時代。
 女子プロレスラー小畑は同時代の女性にとって、自分の力で自分の人生を切り拓いてゆく、自由で力強い理想像を体現している存在だったのだ。

 レスラー生活の傍ら、タッグパートナーの佐倉輝美と浅草にバー〈さくら〉を開店。
 この店で後輩のレスラーにアルバイトをさせたり、外国人レスラーを招いて飲ませたりしながら、浅草を縄張りにしているやくざたちと渡り合うくだりも実に面白い。

 著者は全国紙の政治部記者を長く勤め、現在は編集委員をしているという。
 ぼくは個人的に面識があり、熱烈な女子プロレスファンであることは知っていたが、これほどの好著をものにするとは想像もしていなかった(ごめんなさい)。

 ところどころ、著者の〝女子プロレス愛〟が前面に出過ぎている感もあるが、それもまた本書の魅力の一部かな。
 プロレスなんか興味ない、ましてや女子プロレスなんか、という人にほどお勧めしたい一冊。

(発行:岩波書店 第1刷:2017年5月26日 定価:1900円=税別)

2018読書目録

4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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