
郷里に帰省した際、必ず利用してきた安全タクシーが、4月から吸収合併されることになった。
相手は竹原市で最大手のライバル会社、山陽タクシーである。
この話を初めて聞いたのは13日、15日からの帰省に備え、いつものように空港まで迎えに来てほしいと予約の電話を入れた時だった。
配車係のアベさんが、来月からは別のタクシー会社を利用してほしい、料金は改めてそちらと交渉してください、という。
山陽と安全はもともと竹原タクシーというひとつの会社だったのだが、いつの頃からか2社に分裂。
車の台数や会社の規模は山陽のほうが大きく、安全は社長の代替わりに失敗した時期もあり、いずれは会社をたたむか、山陽に買収されるのではないかと噂されていた。
ちなみに、山陽の山下峻社長は元DeNAの投手で、三浦大輔前監督とは昵懇の間柄。
広島遠征の際には社長自ら運転して空港まで迎えに行き、広島市内の宿舎まで送り届けていたことを、僕は三浦監督のほうから直接聞いている。
僕の父親は常に安全を利用していて、配車係とも運転手の人たちとも昔馴染みだった。
3~4年前に母親ともども体調を崩し、自分で車を運転できなくなると、病院や施設に行くたびに安全のタクシーを呼んでいたものだ。
その父親が亡くなると、今度は僕が母親を施設から外出させる際、安全に乗せて病院やレストランに付き添った。
アベさんにはそのたびに、「最近、お母さんはどんな? 元気にしとってん? 大事にしてあげてえね」などと、こちらを気遣う声をかけられている。
タクシーは今やアプリで呼ぶ時代に、お互いの声でコミュニケーションを取れるところも、古くて小さな会社の魅力だったのだ。
20日、帰りの予約をするために電話したら、その場でアベさんに紹介された別の会社の社長が電話口に出てきて、4月から利用させてもらうことになった。
昔は、竹原のような田舎はいつ帰っても変わらない、と思っていた。
しかし、僕がたびたび帰省するようになったこの3年間だけでも、様々な変化が生じている。
市庁舎が新築され、市長が交代し、両親が入院していた病院の壁も全面的に塗り替えられた。
駅前商店街は火災に見舞われ、ひいきにしていたとんかつ屋が別の場所に移転。
そうした中で、親の代から利用していた地元のタクシー会社がついに消滅。
世間にはよくある話でも、僕個人にとっては、結構大きな出来事でした。
