仲代達矢さんの埋もれた名作③『上意討ち 拝領妻始末』(日本映画専門チャンネル)🤗😱


128分 1967年 三船プロダクション、東宝

不勉強にして、小林正樹がこれほど優れた〝不条理時代劇〟を撮っているとは知らなかった。
ぼくの世代にとっては、ほぼオンタイムで見たドキュメンタリー映画『東京裁判』(1983年/東宝東和、2枚組DVD所有)の印象が最も強い監督だったから。

舞台は江戸時代の会津松平藩、三船敏郎演じる主人公・笹原伊三郎は婿養子に入った馬廻り藩士。
日ごろから迫力たっぷりの妻・すが(大塚道子)の尻に敷かれていて、剣術の腕を認め合った国廻り支配・浅野帯刀(仲代達矢)と稽古に汗を流すことだけが唯一のストレス解消法、という体育会系出身のサラリーマンみたいな男である。

そんな伊三郎に突然、主君・松平正容(松村達雄)の側室・お市の方(司葉子)を長男・与五郎(加藤剛)の嫁に迎えよ、という命が下る。
これを伝えにやってきた側用人・高橋外記を演じる神山繁の演技が高圧的で、昔の時代劇の悪役ならではの憎々しさ。

お市の方は主君・正容との間に一子・菊千代をもうけたにもかかわらず、産後の療養を終えて大奥に帰ったその日、正容が新たなお気に入りの側室をはべらせていることに逆上。
身分もわきまえず、正容につかみかかったけしからん女だが、引き取り手もないまま大奥から放り出すわけにもいかない、だからおまえの息子の嫁として引き取らせる、と外記は命じる。

頑として拒否する伊三郎、気色ばむ外記の間に与五郎が割って入り、お市を受け入れることを承諾。
かくて笹原家の嫁となったお市は正容との間に何があったかを率直に打ち明け、甲斐甲斐しく立ち働き、与五郎との間に可愛い娘も生まれる。

そんなふうに平和で幸せで暖かな家庭を築いていたところへ、また側用人・外記がやってきて、あろうことか、今度はお市を松平家へ返上せよと命じる。
主君・正容の嫡子・正甫が急死し、菊千代が世継ぎとなる可能性が出てきたことから、その母親であるお市を松平家に戻さざるを得なくなった、というのだ。

そんな理不尽な命令が聞けるものか。
今度は親子して突っぱねたところ、外記は拉致同然の手口でお市をさらっていってしまった。

こうして、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んできた伊三郎は、ついに主君への怒りを爆発させる。
しかし、主君と家が現代とは比較にならない拘束力を持っていたこの時代、いかな剣の達人と言えども、様々なしがらみを一太刀で断ち切るわけには到底いかない。

ラスト、孫娘を連れて国から逃れ出ようとした伊三郎は、親友の帯刀と斬り結ばなければならなくなる。
その場面がDVDのジャケ写に使われているが、ともに社命ゆえに対立せざるを得なくなったサラリーマン同士が嫌々対決するのだから、『椿三十郎』(1962年)のような真剣勝負とはまるで趣が違う。

原作は滝口康彦の『拝領妻始末』で、徹頭徹尾、封建時代の価値観と不条理に貫かれた世界観は息が詰まるほど。 
にっちもさっちもいかなくなる展開は『武士道無残』(1960年/松竹)を彷彿とさせ、時代の厳しさを想像させる。

今日でも十分に通じるテーマを内包した作品だが、これほど娯楽性が排除されていてはリメイクは難しいだろう。
ただし、そのぶん、ノンフィクションや自然主義文学の好きな人にはお勧めである。

旧サイト:2016年06月7日(火)Pick-up記事を再録、修正

オススメ度A。

A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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