
初出:1977年 月刊文藝春秋 単行本発行:2006年 文藝春秋
沢木耕太郎さんの作品は自分の体験をエッセイ風に綴った短編や連作より、本作のようなルポルタージュ的性格の強い長編のほうが面白い。
本作は池田勇人の評伝であるとともに、池田が提唱した「所得倍増計画」とは何だったか、あの秀逸なコピーが当時の日本社会にどのような影響を与えたかを改めて検証したノンフィクションである。
「所得倍増計画」という言葉が生み出された経緯を追うことは取りも直さず、池田の盟友だったふたりのブレーン、下村治と田村敏雄との友情の物語を描くことでもあった。
著者は本作の中で3人が3人とも大蔵省の「ルーザー」、今時の言葉で言えば「負け組」であったと規定し、そこから這い上がろうとする意地と情熱こそ、日本経済の高度成長を声高に訴え、闇雲に突き進むことができたエネルギーの源泉だったのだと主張する。
そういう池田たちを「激しい」と評する沢木さんの筆致もまた、行間から熱気が立ち上ってくるほどの熱さを感じさせないではおかない。
沢木さん自ら「あとがき」で吐露しているごとく、本作では池田をめぐる様々なドラマがまるでダイナミックなスポーツノンフィクションのように書かれている。
さらに、文庫版あとがきで下村治の子息、下村恭民氏が指摘しているように、その手法によって本作は政治家を描いた作品としては比類なき「青春群像劇」の傑作に仕上がった。
本作は1977年に初稿が月刊文藝春秋誌上に掲載され、大幅に加筆された上で29年後の2006年に単行本化された。
文庫化はそれから2年後の2008年。
さらにそれから5年後の2013年、かつて池田が政権を受け継いだ岸信介の孫・安倍晋三は「農業所得倍増」というスローガンを掲げ、10年後に農業従事者の所得を3兆円増やすとぶち上げた。
そんな安倍もまた、一度は自ら総理の職を辞した政界の「ルーザー」だった。
そして、2025年のきょう、憲政史上初の女性宰相となった高市早苗もまた、所信表明演説で「強い経済を作る」とぶち上げた。
今だからこそ、いろいろな読み方ができる本である。
旧サイト:2013年06月2日(日)Pick-up記事を加筆、修正
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