竹原の郵便局にて🎋🐇🏣💴

たけはら町並み保存地区

今回、竹原の実家へ帰ってきた2番目の目的は、父親が残してくれた預金の相続である。
父親は亡くなる数年前、複数の金融機関や証券会社で運用していた資産を母親とほぼ等分に分割し、銀行2、郵便局1の3つの口座に分割して管理していた。

銀行の通帳やキャッシュカードの在処、それぞれの暗証番号は生前に父親から聞いており、「管理と運用はあんたに任せる」と言われている。
かねてから友人や従姉に教えられていた通り、手続きは非常に煩雑で、銀行員の態度にイライラさせられたこともあったものの、手続き自体はほぼ滞りなく進み、銀行の2口座は昨年10月ごろまでに相続を完了させることができました。

ただ、なぜか、ゆうちょ銀行だけについては、父親に何も聞かされていなかった。
昨年、母親と電話で話していたらゆうちょの話題になり、「そこにもお父さんのお金があるはずよ、調べてみ」と言われ、実家のタンスの引き出しに仕舞われていた通帳とキャッシュカードを発見。

銀行預金の相続は父親が口座を持っていた竹原支店でなければ手続きができないけれど、ゆうちょ銀行に問い合わせたら、ゆうちょの場合は日本全国どこでも手続きが可能と聞き、最初は簡単に済ませられるかな、と思った。
そこで、ゆうちょ銀行から東京の自宅に書類を取り寄せ、戸籍抄本や母親の印鑑証明など、必要なものをそろえて近所の改代町郵便局へ持参。

窓口で対応した局員の説明によれば、銀行預金は口座から口座へ移すことができるが、ゆうちょの場合はそうしたシステムがなく、代わりに預金額が記された「金券」が送られてくる、という。
それをもう一度、この郵便局へ持ってきてもらえれば、その場で現金化する、と説明された。

以上が12月20日のことで、1月4日にさっそくゆうちょ銀行相続課から簡易書留が送られてきました。
てっきり「金券」かと思ったら、郵便局から郵送された書類に不備・不足があり、再度同じ郵便局を通じて足りない書類を提出していただきたい、とある。

その不足している書類が、12月20日にこちらが改代町郵便局に持参した母親の印鑑証明を含めて計3点。
さすがに怒りを覚えて、どういうことかと窓口で局員を問い詰めたら、「ゆうちょ銀行へ郵送する際に私が入れ忘れたんだと思います」。

さらに、ゆうちょ銀行の相続課に改めて確認したところ、現金化するところは近所の郵便局でなくともよく、あらかじめ電話さえすれば日本全国、どこでも現金に換えられるという。
改代町の郵便局員には、書類が未提出だった落ち度に加えて、それ以前に最初の段階での説明にも誤りがあったわけだ。

行きがかり上、とりあえず書類の再提出はこの郵便局で行ったものの、ケアレスミスで片付けるにはあまりにも杜撰で不誠実な対応に、そこから先の手続きを任せる気は完全になくなってしまった。
それならと、母親の世話を目的とした今回の帰省を機に、父親が口座を開いて、コツコツとお金を溜め続けていた竹原支局で現金化しよう、と考えたのです。

きょう10時40分ごろ、自転車で訪ねた竹原郵便局の窓口で、かねて電話しておいた若い局員に通常、定額と2通の貯金払戻調書を提出。
待つこと10分少々、局員に別室へ案内され、数百万円の札束を積み上げられたときは、何とも言えない感情が胸に込み上げてきました。

すでにこの札束を上回る銀行預金を相続してはいるものの、こうして現金を目にすると、生前の父親がいかに苦労して財産を築き上げたか、それに引き換え自分は何と親不孝であったか、せめてこのお金は大切に使わなければ、と感じないではいられない。
そういう思いが顔に出ていたのか、若い局員が「早くお預けになったほうがいいですよ」と一言。

そのお金をリュックに詰めて、1ブロック裏手にあるもみじ銀行竹原支店に移動。
これだけの現金を持って出歩いたことなど、もちろん過去に経験がないので、ひったくりにでも襲われたらどうしようと、このときばかりは内心冷や冷やものでした。

もみじ銀行の口座は、昨年の相続の手続きの際、母親のケアや治療にかかるお金専用の口座として開設した。
明細表に記されているのは竹原での生活に関わる支出や入金ばかりで、老健や病院の振込先ももみじが多く、手数料もかかりませんから。

自分の口座に現金を入金する際、窓口で対応してくれた行員は、昨年銀行預金の相続の際に何度も顔を合わせていた女性。
昨年来、散々イライラさせられたスッタモンダの末、入金を済ませたあと、「これで相続も一段落ですか」と彼女に言われたときは、きょう初めてホッとしました。

帰途、菩提寺の照蓮寺で父親のお墓参り。
新しいお花を供え、線香をあげて、お父さんが残してくれたお金は、まずお母さんのために、少しは自分のために役立てます、ありがとうございました、と報告しました。

※画像はイメージです
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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