BS世界のドキュメンタリー『“マリリン”を生きる』(NHK-BS1)😉

Becoming Marilyn
49分 2022年 フランス=BROTHERS FILMS/ARTEFrance

日本ではほとんど話題にならなかったが、今年は「永遠のセックスシンボル」と呼ばれた女優マリリン・モンローが1962年8月5日に亡くなってからちょうど60年。
アメリカのNetflixではモンローの伝記映画『ブロンド』が製作され、9月28日から配信が始まり、事実と異なる点が多いとして物議を醸した。

このフランス製短編ドキュメンタリーも、モンローの没後60年に合わせて製作されたという。
一番の特長は、モンローの不可解な死やスキャンダラスな私生活に焦点を当てた過去のドキュメンタリーの諸作に比べて、本作は彼女が女優としての向上心を持ち、どのように自己プロデュース能力を身につけていったか、という視点から半生を描いていること。

子供の頃から大人びた容姿を持っていたノーマ・ジーン(モンローの本名)は、幼いころから学校で男の子たちの注目を集める存在だった半面、里子に出された家で養父から性的虐待を受けた暗い過去を持つ。
映画スターを目指してやってきた1940〜50年代のハリウッドもまた完全な男性社会で、チャンスを掴もうとすれば業界の権力者たちに身体を任せなければならない。

モンローが髪を栗色から金色に染めたことによってブレークしたのは有名な話だが、そのほかにも髪の生え際を後退させておでこを広げたり、下顎の骨を削って顔の輪郭も変えたりと、細かな整形も行っている。
マリリン・モンローという名前も、映画界の大物プロデューサーだったベン・ライアンによって、マリリン・ミラーという女優の名前をヒントに命名されたものだ。

一方で、モンローは自分を魅力的に見せるため、当時からウエートリフティングで肉体を鍛え、目元や口元の表情を微妙に変化させる術を身につけている。
例えば、口はふだんは少し開き気味にしておき、話すときや笑うときは顔をやや前屈みにして、上唇がめくれて歯茎が見え過ぎないようにしていた。

そうした地道な努力と熱心な演技への取り組みにもかかわらず、モンローには男好きのするいささか軽薄な女という役しか与えられない。
自分が出演したい作品を選び、演じたい役をつかむため、モンローは1954年、信頼するファッションカメラマン、ミルトン・グリーンとともに制作会社マリリン・モンロー・プロダクション(MMP)を創立する。

と、モンローがひとりの映画女優として独立し、自己プロデュース活動を本格化させていった印象を与えたところで、このドキュメンタリーは終わっている。
全体としては急ぎ足でまとめられているような印象が強く、モンロー出演作品以外の様々な映画をノーテロップで織り交ぜた手法にも感心できないものの、モンローを知るための短編としては合格点に達していると言っていいだろう。

オススメ度B。

A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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