【きょう17日発売!】Sports Graphic Number 1047 ヤクルト特集号『①名将・野村克也が神宮を去った日 ②ミスタースワローズ若松勉の日本シリーズ』

発行:文藝春秋 2022年3月31日号 定価700円=税込

毎年恒例、Sports Graphic Number のプロ野球開幕特集号、今年のお題は連覇を目指すヤクルトスワローズ。
昨年日本一を達成した高津監督以下、MVP村上宗隆、キャプテン山田哲人のインタビューに加えて、往年の名将・名選手の短編ノンフィクションも掲載されています。

僕が執筆したのは、いまのヤクルトの礎を築いた名将・野村克也さんがユニホームを脱いだ最後の試合。
1998年10月9日の阪神戦で、5-2で快勝し、「私は潔くグラウンドを去ります」と宣言してヤクルトに別れを告げた。

しかし、それから1週間と経たないうちに阪神が野村さんの招聘に乗り出すことを表明。
球界もマスコミも大騒ぎになったため、「野村ヤクルト最後の日」のことはあっという間に忘れ去られ、いまではほとんど顧みられることがない。

あの試合は、勝って野村監督を送り出した選手たちの胸に何を残したのか。
先発して完投勝利を挙げ、単独最多勝を確定させた川崎憲次郎さん、節目の1000安打を記録した飯田哲也さん、そして最終回の九回、1イニングだけマスクをかぶった息子・野村克則にじっくりと振り返ってもらいました。

もう1本は、1978年に選手として、2001年には監督として優勝と日本一を達成した若松勉さんの日本シリーズ回想録。
ちなみに、選手、監督の両方で日本一まで上り詰めたのは、若松さんが球団史上初で、昨年高津監督が同じ偉業を達成するまではただひとりの存在でもあった。

選手時代の1978年は、実直で生真面目な性格で知られる若松さんが、捻挫で球場が続いている最中、バス移動の最中に缶ビールを飲んでいて広岡さんに怒られた、という意外なエピソードを披露。
また、2001年に近鉄のいてまえ打線を封じ込むには、コーチとして仕えた野村監督のID戦法が役に立ったそうです。

両方合わせて8ページと長文ですが、野球の歴史と昔話が好きなファンには面白いはず。
ぜひ御一読ください!

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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