『世界最悪の旅 悲運のスコット南極探検隊』アプスレイ・チェリー=ガラード😁😳🤔😖🤓

The Worst Journy in the World Antarctic 1910-1913
 991ページ 朝日新聞社:朝日文庫 翻訳:加納一郎 初版:1993年2月1日 原著発行:1922年

探検家兼ノンフィクション作家・角幡唯介氏が学生時代から何度も読み返し、自身の探検観、極地観を形成する上で、最も影響を受けた本だと語っている極地探検記の古典。
僕は『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』(2012年)を読んで角幡作品のファンになったのだが、その巻頭に本書『世界最悪の旅』が紹介されていて、そちらの内容にも俄然興味が湧いた。

副題からもわかる通り、本書は1910〜1913年、イギリスのロバート・スコット大佐率いる探検隊がノルウェーの探検家ロアール・アムンセンと南極点初到達を争い、敗れ去って死亡するまでの過程を記録した歴史的大作である。
著者アプスレイ・チェリー=ガラードはスコット隊の一員だった当時24歳の動物学者で、タイトルの『世界最悪の旅』は彼らがペンギンの生態を調査するため、南極で行った冬季ソリ旅行を指している(スコットたちが死んだ極地行進も含まれているかどうかは明記されていない)。

作品の性格は一般読者を対象としたドキュメンタリーやノンフィクションのような読み物ではなく、あくまでも一隊員、一学者としての報告書である。
しかも書かれた時代に合わせてか、訳文も大変古式ゆかしい文体で統一されており、読んで面白いとか、楽しめるとか、門外漢にとってもためになるというような本では決してない。

にもかかわらず、本書が読む者を惹きつけてやまないのは、極限状況における息詰まるような緊張感、読んでいるだけで鳥肌が立ちそうな極寒の地の過酷さが、実に生々しく伝わってくるからである。
正直なところ、なぜペンギンを観察し、ペンギンの卵を確保するために、ここまで自分の生命を危険に晒さなければならないのか、こんな無茶苦茶な探検旅行なんかさっさとやめて帰ってしまえばいいではないか、と思った時点で、俺には絶対にこういう探険はできないな、と自覚せざるを得なかった。

角幡氏は沢木耕太郎氏との対談(『旅人の表現術』2016年所収)の中で、自分が『アグルーカの行方』で書いた北極行を行ったのは、『世界最悪の旅』で描かれたような過酷な荒野を旅すれば、自分が抱えた死生観を表現できるのではないかと考えたからだ、と語っている。
第1次帰国隊に編入されていたために生き残ったガラードの詳細で精緻を極めた南極行の報告書は、100年の時を超えて日本の若き探検家の心を揺さぶり、21世紀の現代で傑作ノンフィクションを書かせたのだ。

ガラードがこれほど大部のリポートを残した動機は、彼の職務だったからであることはもちろんだが、それ以外の理由として、スコット隊がアムンセン隊との競争に敗れ、スコットをはじめとする幹部隊員がほとんど死んでしまったからではないだろうか。
あの探検史に残る、という以上に人類史に残ると言っても大袈裟ではない悲劇が、ガラードをして、いまの時代に残るこれほどの作品を書かせたような気がしてならない。

それにしても、しんどい読書体験ではあった。
本書とほぼ同時に、比較対象しようとアムンセンの著書『南極点』(1994年/朝日文庫版)も購入したのだが、本書の読後2年経ってもまだ手に取る気にならない。

なお、スコットとアムンセンの南極点をめぐる競争については、最近になって朝日文庫に収録された本多勝一の『アムンセンとスコット』に詳しい。
非常に面白いノンフィクションであり、角幡氏も絶賛しているので、興味のある読者の方々にはまずそちらを一読することをお勧めします。

😁😳🤔😖🤓

2021読書目録
面白かった😁 感動した😭 泣けた😢 笑った🤣 驚いた😳 癒された😌 怖かった😱 考えさせられた🤔 腹が立った😠 ほっこりした☺️ しんどかった😖 勉強になった🤓 ガッカリした😞

25『海峡を越えたホームラン 祖国という名の異文化』関川夏央(1988年/朝日新聞社)😁😭😢🤔🤓
24『1988年のパ・リーグ』山室寛之(2019年/新潮社)😁🤔🤓
23『伝説の史上最速投手 サチェル・ペイジ自伝』サチェル・ペイジ著、佐山和夫訳(1995年/草思社)😁😳🤔🤓
22『レニ・リーフェンシュタールの嘘と真実』スティーヴン・バック著、野中邦子訳(2009年/清流出版)😁😳🤔🤓
21『回想』レニ・リーフェンシュタール著、椛島則子訳(1991年/文藝春秋)😁😳🤔🤓
20『わが母なるロージー』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2019年/文藝春秋)😁
19『監禁面接』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2018年/文藝春秋)😁
18『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳(2020年/集英社)😁😳🤓🤔
17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
13『喰うか喰われるか 私の山口組体験』溝口敦(2021年/講談社)😁😳😱🤔🤓
12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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