神楽坂で死んだ鼠を見た

今朝8時過ぎの神楽坂通り商店街

きのうの朝、まだそれほど暑さが厳しく感じられない8時前、古びた居酒屋や小料理屋が並ぶ神楽坂の路地を散歩していたら、目の前の石畳の階段の中ほどに、死んだ鼠が横たわっていた。
胴体が10センチ程度の鼠で、人間に踏み潰されたり、野良猫に噛みつかれたりした外傷は見当たらない。

とすると、この鼠は何かの病原菌にやられたのか。
日々の新規感染者数の急増ぶりに気を取られてか、専門家もマスコミもまったく触れようとしないが、新型コロナウイルスはもともと動物由来のウイルスだから、人間社会の身近にいる鼠、ペットの犬や猫が感染死しても不思議はない。

咄嗟に脳裏をよぎったのは、アルベール・カミュの『ペスト』の冒頭の有名な一節である。

「四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、診療室から出かけようとして、階段口のまんなかで一匹の死んだ鼠につまずいた」

のちにこの小説の舞台、アルジェリアのオラン市を襲うペストの猛威を感じさせる前兆として、淡々としていながらも、それだけにかえって不気味さを感じさせる文章だ。
間もなくペストによってオラン市が都市封鎖され、友人や知人の愛息の死に立ち合うことになるリウーは、一個の人間としていかに振る舞い、どのような生き方を選択するかを迫られる。

僕の周囲でも、仕事で接したことのあるプロ野球や大相撲の関係者が何人かコロナに感染して、亡くなった人もいる。
オリンピックはもはや閉会まで中断されることはなく、緊急事態宣言もいまや事実上の空文と化して、政府も東京都も飲食店に営業の自粛を求める以外、感染拡大防止に何ら有効な手立てを打ち出せない。

最近、状況が悪化するにつれ、結局、自分の命と健康は自分で守るしかないのだと、つくづく思う。
幸い、先週金曜、慈恵医大病院で受けた2カ月に一度の採血と定期検診では、どこにも異常は見られなかった。

しかし、だからと言って、明日も明後日も無事でいられるかどうかはわからない。
神楽坂の路地で見かけた〝カミュの鼠〟は、そんな至極当たり前のことを教えてくれたような気がする。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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