『かもめ』(WOWOW)😉

The Seagull 
99分 2018年 アメリカ=ソニー・ピクチャーズ・クラシックス
日本劇場未公開 WOWOW初放送:2021年5月21日

チェーホフの「四大戯曲」と称される原作は歴史的かつ世界的評価が定着しており、過去に何度も映画化され、日本でも繰り返し舞台公演が行われている。
僕も2015年に新潮文庫版で読んでいるが、正直なところ、チェーホフの名作とされる短編小説に比べると、いったい何を訴えようとしているのか、地の文がないために理解しにくく、作品の背景を勉強して再読、三読しなければならなかった。

本作はブロードウェイ、オフブロードウェイの演出家出身の監督マイケル・メイヤーによる2018年の映画化作品。
原作を八割方忠実になぞりながら、現代のアメリカ映画的な改変を施し、今時の観客にもエンターテインメントとして楽しめるよう膨らみを持たせている。

オープニング、臨終が迫っているソーリン(ブライアン・デネヒー)の最期を看取るため、妹の女優イリーナ(アネット・ベニング)、その息子コンスタンチン(ビリー・ハウル)らがソーリンの屋敷に続々と集まってくる、という原作にはない場面から本作は始まる。
新進作家のコンスタンチンが別室で自作の原稿に向かっていると、そこへニーナ(シアーシャ・ローナン)が現れ、ふたりの回想から原作の本筋に入っていく。

コンスタンチンは2年前、ソーリンの屋敷で自作の影絵芝居を上演し、ニーナが主役を演じていたが、上演中に母のイリーナにこき下ろされ、激昂して芝居を打ち切ってしまった。
しかも、ニーナがイリーナの恋人で有名作家のボリス(コリー・ストール)に惹かれるようになり、ボリスに対して劣等感を抱いていたコンスタンチンは思い余って猟銃自殺を図る。

原作はこのコンスタンチンの自殺(猟銃ではなく拳銃)で終わっているが、映画化版の本作では未遂にとどまり、献身的な治療と看護に当たったイリーナとコンスタンチン母子の複雑な関係性が大変詳しく描かれる。
また、ニーナがのちにイリーナと別れたボリスと同棲し、子供をもうけながら死なせてしまったことなど、チェーホフが原作のモデルにしたリジヤ・ミジーノワの実際の逸話がほぼそのまま使われているあたりも興味深い。

『かもめ』はチェーホフが実人生で経験、見聞した様々な出来事が数多く盛り込まれており、「チェーホフの最も私的な作品」として知られている。
そうした私的な出来事の数々を原作の戯曲以上にあえて詳しく描いたことにより、ストーリーに映像的膨らみが出て、現代の観客にも理解しやすく、楽しめる作品に仕上がったように思う。

オリジナル脚本を書いたのは日本の映画ファンにはあまり馴染みのないスティーヴン・カラムという人物。
監督マイケル・メイヤーとのタッグで、今度はぜひチェーホフの『ワーニャ伯父さん』や『三人姉妹』の映画化にも挑戦してもらいたいものである。

オススメ度B。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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