BS世界のドキュメンタリー『さまよえるWHO―米中対立激化の裏側―』(NHK-BS1)🤔

Whois in Control?
45分 2020年 制作:フランス Hikari/Arte G.E.I.E
初放送:2020年10月1日(木)午前0時〜0時45分
再放送:2021年3月31日(水)午後3時5分〜3時50分

中国・武漢で新型コロナウイルスの感染拡大が始まったとき、なぜWHO(世界保健機構)のテドロス事務局長は中国を擁護する発言を繰り返し、世界的感染爆発は起こっていないと言い繕おうとしたのか。
WHOと中国を非難し続けたアメリカのトランプ大統領が、WHOへの資金提供をストップし、ついには脱退を決断した裏側に何があったのか。

実は、WHOと中国の密接な関係、その両者とアメリカの対立は非常に根深く、コロナ前から始まっていた、というのが本作の論旨である。
WHOの最高意思決定機関は30カ国から成る執行理事会で、中国はここで強大な影響力を行使できるよう、長年に渡って様々なロビー活動や裏工作を行ってきたというのだ。

WHOが創立されたのは、第2次世界大戦が終結し、国際連合が発足した1945年から3年後の1948年。
世界から55カ国が参加したこの組織は、政治的介入を防ぎ、国際紛争から一定の距離を置くため、永世中立国のスイス・ジュネーブに本部を置いた。

世界各国で公平な医療活動を行うという高邁な志と理想を求めて発足したWHOだったが、1949年には早くも、保険の概念に関して東西両陣営の意見が対立し、スターリン時代のソ連とその衛星国家が脱退。
しかし、WHOは何とかこの危機を乗り越え、国家元首がスターリンからフルシチョフに替わったソ連の復帰にこぎつけると、世界中で猛威をふるっていた天然痘の根絶に成功する。

この歴史的快挙により、中東やアフリカ諸国もWHOに参加し、加盟国は当初のほぼ3倍に相当する150カ国にまで増大。
1978年、WHOはカザフスタンのアルマ・アタで歴史的な全体会議を開き、「全世界の人々に健康を保証するために活動し、2000年までに全世界の人々に健康をもたらす」というアルマ・アタ宣言を採択する。

ところが、アルマ・アタ宣言に従えば、小国や発展途上国が多大な恩恵を受ける半面、大国や先進国ばかりが負担を強いられるとして、アメリカのレーガン大統領、イギリスのサッチャー首相が反発。
とくにレーガン大統領の態度は強硬で、1980年代にはWHOへの分担金を極端に制限した上、国連への分担金も8割凍結したというから、昨年のトランプ大統領とあまり変わらない(凍結は1年で解除しているが)。

このころ、HIVウイルス(エイズ=後天性免疫不全症候群)の感染拡大が始まっても、内紛に揺れるWHOの対応は後手後手に回り、明確な対策を打ち出すことができなかった。
業を煮やした国連加盟国11カ国は、1990年代後半、エイズ対策のため、WHOとは別にUNAIDS(国連合同エイズ計画)という特別プログラムの新事務局を立ち上げる。

大国からの資金を失ったWHOは、加盟各国の分担金が予算全体の2割に満たなくなり、残り8割を慈善団体や民間組織からの寄付に頼るようになった。
そういう援助を頼りにしなければやっていけなくなったということは、公的機関であるにもかかわらず、私的な団体や組織の思惑によって活動が左右される組織に成り下がった、ということでもある。

そこに最初につけ込んだのがビル&リンダ・ゲイツが率いる財団で、一時はアメリカに次ぐ巨額の寄付金をWHOに投入し、ポリオの撲滅に邁進した。
一見、立派な慈善活動のようだが、ゲイツは寄付金の使い道を指定できるという契約を交わしていたため、WHOはほかの疾病対策に〝ゲイツ資金〟を回すことができず、ポリオ以上に世界的に拡大している感染症への対応が遅れた、と元WHOの関係者たちは指摘する。

WHOが最後に医療保険の指導者的役割を発揮したのは、2002年末から2003年にかけて、コロナウイルスの一種、SARSが中国から世界へ感染拡大したときかもしれない。
当初、感染源が自国であることを認めようとしなかった中国政府に対し、元ノルウェー首相で医師でもあったブルントラント事務局長は、「中国が世界を危険に晒している」と非難。

本作でもインタビューに応じている感染症疫学責任者、デイヴィッド・L・ヘイマンは、ブルントラントにSARS対策本部の部長に指名され、中国に対して情報を提供するよう国連で発言。
こうしたWHOの強い態度に中国もついに方針転換、衛生大臣を解任し、SARSに関する情報共有を始めたのだ。

しかし、その3年後の2006年、香港でSARS対策の指揮を執っていた中国人マーガレット・チャンがWHOの事務局長に就任し、今度は中国がWHO内部での影響力を強めるようになる。
2014年、チャン事務局長がエボラ出血熱の対策に失敗したとの非難が高まると、中国はエチオピアのテドロス現事務局長の擁立を主張。

このとき、フランスのフィリップ・ドゥストブラジも立候補していたが、投票でテドロスに惨敗。
彼は本作のインタビューで、「WHOに加盟している小国や発展途上国の多くが中国に経済支援を受けており、中国がテドロスを推すと言えば、そうした国々の票がすべてテドロスに流れるのは当然だった」と話している。

このように、本作ではテドロスをWHOにおける中国の傀儡であると印象づけており、これがアメリカの反感を買っている、という以上に米中対立の大きな火種のひとつである、としている。
本作は、そのテドロス事務局長の功績に一定の評価を与えながらも、エチオピア独裁政権で保険大臣を務めていた時代の失政や〝闇の顔〟を指摘。

エチオピアでコレラが感染拡大していると「国境なき医師団」から報告を受けたとき、テドロス保険大臣は「急性の下痢が広まっているだけだ」と一蹴して事態を隠蔽。
そればかりか、「国境なき医師団」メゴ・テルジアンの証言によれば、テドロスは「もしわが国でコレラが流行っているなどと発言したら国外追放にするぞ」と恫喝さえしたという。

テドロスはさらに、WHOの事務局長に就任すると、悪名高いジンバブエの独裁者、ムガベ元大統領をWHOの親善大使に任命。
国際社会から轟々たる非難を浴び、たちまち撤回に追い込まれている。

こういうリーダーの下でWHOは世界の医療や保険に対する指導力を失い、大国からの資金援助にも恵まれず、組織として次第に形骸化していった。
ちなみに、現在のWHOの年間予算は50億ユーロ(約6200億円)で、この金額は本作によれば、大都市が公衆衛生に充てる予算よりもはるかに少なく、フランスの大きな総合病院と大差ない、という。

中国から圧力をかけられたWHOは、中国と対立する台湾を除外したまま、新型コロナウイルスに関する情報を提供しなかった。
蚊帳の外に置かれた台湾政府は独自に感染防止対策を講じざるを得なかったが、WHOにミスリードされなかったことがかえって幸いし、海外諸国より感染拡大の防止に成功した、というのは何とも皮肉な顛末である。

WHO事務局長補ブルース・アイルワードは、この件に関して香港のジャーナリストからオンライン取材で質問されると、言葉を濁すばかりで明確に回答しようとせず、最後には回線を切ってしまった。
まるでサスペンス映画のような不気味さで、WHO内部における中国の影響力をまざまざと感じさせる。

最近は、WHO以外の国際団体にも中国の政府要人が続々とトップや重要ポストに就任している、として本作が列挙した組織は以下の通り。
FAO(国連食糧農業機関)、ICPO(国際刑事警察機構)、ICAO(国際民間航空機関)、UNIDO(国連工業開発機関)、ITU(国際電気通信連合)、UNDESA(国連経済社会局)、UNHRC(国連人権理事会)。

このフランス製ドキュメンタリーは、WHOの問題点を抉り出した作品であると同時に、国際社会への進出を進める中国への警戒心を煽るプロパガンダとしての側面も強い。
僕自身は、本作の主張に無批判に賛同するつもりはないが、最後に登場するフランスのマクロン大統領の言葉は一聴に値する。

「問題は、中国が国際社会の価値観を尊重し、自ら変わろうとするのか。
それとも、国際社会の価値観のほうを変えようとしているのか、ということです」

オススメ度A。


スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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