『偽りのサイクル 堕ちた英雄 ランス・アームストロング』ジュリエット・マカー😁😳🤔🤓

Cycle of Lies:The Fall of Lance Armstrong
450ページ 発行:洋泉社 翻訳:児島修 初版:2014年6月7日 定価:2400円=税別

ツール・ド・フランス7連覇で知られたランス・アームストロングの虚偽と虚飾に満ちた人生の内幕が克明に、赤裸々に綴られている。
アームストロングの人物像や自転車競技界全体の内幕も含めて、より網羅的で包括的な内容を有しているという意味では、本書が現時点までの決定版と言っていいだろう。

著者ジュリエット・マカーは、長年アームストロングの仇敵として知られたニューヨーク・タイムズのスポーツ記者。
スポーツ・ノンフィクションにしては今時珍しく、約450ページ、上下2段組みという大変なボリュームだ。

それだけアームストロングのスキャンダルが複雑で、政治的かつ経済的な背景もあり、関係者が多数に上るため、全体像を紡ぎだすのが困難な問題だったことを物語っている。
本書が他の告発本や暴露記事と異なる最も大きな本書の特長は、タイトルを剥奪されたアームストロングがテキサス州オースティンの豪壮な邸宅に著者を招き、当時の心境を率直に(と思う)語っている点だ。

しかも、収入が途絶えたのみならず、スポンサーに対する多額の賠償金を払わなければならないため、邸宅を売却した直後。
引っ越しを明日に控え、次から次へと家財道具が運び出されているという状況で、アームストロングはマカーの質問に答えている。

著者が最初に指摘するのはドーピングではなく、アームストロング物語において欠かせない要素の一つだった「家族愛」についてのウソだ。
実父や養父との冷えきった関係もさりながら、シングルマザーとしてランスを育てた母親リンダとの間柄もツール7連覇中は〝絶縁状態〟だったという。

貞淑な妻を装っていたクリスティンの〝実像〟にも、改めてガッカリさせられたファンも少なくあるまい。
また、恋人だった歌手シェリル・クロウも、血液ドーピングのためにアームストロングに付き添ってわざわざベルギーまで足を運んでいたという。

続いて、アームストロングの元チームメートによる告発がまた凄まじい。
極めて興味深いのは、チャーリー・ヴォーターズ、デヴィッド・ザブリスキー、ジョン・ヴァンデヴェルデ、またアームストロングが目の敵にしていたフランキーとベッツィのアンドリュー夫妻の証言。

このくだりで最もゾッとさせられるのは、ドーピング・スキャンダルのキーマンとなったフロイド・ランディスの常軌を逸した言動である。
もともと極めて厳格なキリスト教メノナイト派の家庭に育ち、罪の意識に苦しみながらもアームストロングに強要されたドーピングを拒絶することができず、チームを離れてからも自ら薬物を断つことができない。

著者はさらに、ランディスの個人トレーナーだったアレン・リムにもインタビューし、リムの目を通して、ランディスの人間性をが崩壊していった様を具体的に描いてゆく。
ランディスが優勝した2006年のツールでは、ランディスが親友とベストフレンドと呼んでいた義父が薬物の運び屋を務めていた。

そのツールでランディスのドーピングが発覚し、囂々たる非難の嵐の中、義父は拳銃自殺を遂げてしまう。
あまりの痛々しさに言葉もない。

一方、アームストロングを追い詰めた全米アンチドーピング機構(USADA)のタイガートとはどのような人物なのか、これを明らかにしたのも本書が初めてだろう。
アームストロングは〝陥落〟直前、USADAの追及に心身ともに疲れ果て、逃げ回っている間に髪も髭も伸ばし放題、まるでロビンソン・クルーソーのようになってしまう。

そのアームストロングがついに初めてタイガートと〝対決〟するクライマックスには、思わず手に汗握った。
しかし、本書のクライマックスはもう一つ先、アームストロングがツール6連覇を達成した2004年以降、綿密な取材を続け、約10年間に及ぶドーピングと数々のウソについて動かぬ証拠を突きつけてきた著者マカーによる最終章のインタビューだ。

ぼくはアームストロングの2冊の自伝『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』(2000年/講談社)、『毎秒が生きるチャンス!』(2004年/学研)を2年遅れぐらいで読んだ。
つまり、ほぼオンタイムで〝アームストロング物語〟を追いかけ、感動し、自らも自転車に乗っているぼくにとって、アームストロングが最終章で語った言葉は、個人的に特別な意味を持っている。

ある意味、アームストロングの正体も真髄も、すべてはこのエンディングの言動に集約されていると言ってもいい。
ぼくはこのアームストロングのセリフを読んで、ほとほとうんざりしながらも、やはり心のどこかで感動していた。

アームストロングは、どこまで堕ちてもアームストロングなのだ。
この「堕ちた英雄」が吐いた言葉には、ここまで「堕ちた」人間でなければ表現できない迫力がある、と。

旧サイト:2014年06月19日(木)付Pick-upより再録

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2020読書目録
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23『シークレット・レース ツール・ド・フランスの知られざる内幕』タイラー・ハミルトン、ダニエル・コイル著、児島修訳(2013年/小学館)😁😳🤔🤓
22『陽だまりのグラウンド』ダニエル・コイル著、寺尾まち子、清水由貴子訳(2002年/竹書房)😁🤔🤓
21『プロ野球審判 ジャッジの舞台裏』(2012年/北海道新聞社)😁😭😳🤔🤓
20『全球入魂!プロ野球審判の真実』山崎夏生(2019年/北海道新聞社)😁😭😳🤔🤓
19『平成プロ野球史 名勝負、事件、分岐点-記憶と記録でつづる30年-』共同通信社運動部編』(2019年/共同通信社)😁😳🤔🤓
18『球界時評』万代隆(2008年/高知新聞社)😁🤔🤓
17『銀輪の巨人 GIANTジャイアント』(2012年/東洋経済新報社)😁🤔🤓
16『虫明亜呂無の本・1 L’arôme d’Aromu 肉体への憎しみ』虫明亜呂無著、玉木正之編(1991年/筑摩書房)😁😭🤔🤓
15『洞爺丸はなぜ沈んだか』(1980年/文藝春秋)😁😭😢🤔🤓😱
14『オッペンハイマー 原爆の父はなぜ水爆開発に反対したか』(1995年/中央公論新社)🤔🤓
13『「妖しの民」と生まれきて』笠原和夫(1998年/講談社)😁😭😢🤔🤓※
12『太平洋の生還者』上前淳一郎(1980年/文藝春秋)😁😭😳🤔🤓😖
11『ヒトラー演説 熱狂の真実』(2014年/中央公論新社)😁😳🤔🤓
10『ペスト』ダニエル・デフォー著、平井正穂訳(1973年/中央公論新社)🤔🤓😖
9『ペスト』アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳(1969年/新潮社)😁😭😢🤔🤓
8『復活の日』小松左京(1975年/角川書店)🤔🤓
7『感染症の世界史』石弘之(2019年/角川書店)😁😳😱🤔🤓
6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔
 
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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