『コリーニ事件』😊

Der Fall Collini 123分 2019年 ドイツ=コンスタンティン・フィルム
日本配給:クロックワークス 2020年

3月9日に『Fukusima 50 フクシマフィフティ』(2020年)を観て以来、ちょうど4カ月ぶりに映画館へ行ってきました。
久しぶりだから何を観ようかとネットの映画サイトをチェックし、じっくり考えて選んだのが、かねてからライターや識者の間で評価の高まっているこの作品。

新宿武蔵野館へ午後12時30分の回を見に行ったら、チケットが通常価格1900円から特別価格1100円になるファンサービスデーとあり、定員83人のスクリーン2がほぼ半分近く埋まっていた。
現在、コロナ対策で2〜3席に1人しか座れない状態だから、こういう渋い作品にしては十分〝大入〟と言っていいでしょう。

オープニング、ジムでボクシングの練習をしている主人公の弁護士カスパー・ライネン(エリアス・ムバレク)と、超高級ホテルの廊下をゆっくりと歩いている老人ファブリツィオ・コリーニ(フランコ・ネロ)の姿が交互にカットバックされる。
このサスペンスフルな導入部がツカミとしては非常に秀逸で、上質のミステリが始まるという期待を抱かせないではおかない。

ホテルのロビーに降りてきたコリーニが最上階のスイートに泊まっている人物を殺したことを告白し、ライネンが国選弁護人に選任される。
被害者のハンス・マイヤー(マンプレート・ザパトカ)がマイヤー機械工業のオーナーにしてドイツ財界の大物でもあることから、この殺人事件と裁判の成行は全国な注目の的となった。

皮肉なことに、マイヤーはライネンの育ての親ともいうべき人物で、3カ月前に念願の弁士資格を取得できたのも、マイヤーの援助があればこそだった。
マイヤーの孫娘でライネンの幼馴染みでもあるヨハナ(アレクサンドラ・マリア・ララ)は、コリーニの弁護を断るようライネンに迫る。

そのヨハナを代表とするマイヤー家についた公訴参加代理人は、刑事事件専門のベテラン弁護士リヒャルト・マッティンガー(ハイナー・ラウターバッハ)。
マッティンガーはライネンにとって、大学時代に刑法を教わった恩師であり、雲の上の存在であることから、一度は国選弁護人から降りようとするが、「本物の弁護士になりたいのなら私情で判断してはいけない」と、逆にマッティンガーに励まされる。

こうして裁判が始まったものの、コリーニはマイヤーを殺害した動機について何も語ろうとしない。
ライネンが頭を抱えていた最中、銃器に詳しい警察関係者の証人が、凶器の拳銃ワルサーP-38はすでに製造中止となっており、機能に問題があることから闇市場でも出回っていないと証言。

コリーニはどうやってそんな拳銃を手に入れ、犯行に使ったのか。
ワルサーP-38が第二次世界大戦時代、ナチスの軍隊に使用されていた拳銃で、この殺人事件の背後に忌まわしい戦争犯罪が隠されていることがわかってくる。

元ナチスの戦争犯罪者が戦時中の身分や虐殺行為を隠し、戦後も一般市民としてごく普通の、人によっては本作のマイヤーのように裕福な生活を送っている、という事実はかねてから国際社会で問題視されていたところである。
そういう元ナチス党員を題材とした映画も、フレデリック・フォーサイス原作の『オデッサ・ファイル』(1974年)、主演シャーロット・ランプリングと監督リリアーナ・カヴァーニがブレイクした『愛の嵐』(同年)をはじめ、枚挙に暇がない。

しかし、それではなぜ、彼らナチスの残党は法の裁きを逃れ、戦後社会を表向き平穏に生き延びることができたのか。
その最大の要因は、社会の暗部で横行している不正や癒着などではなく、れっきとした法律にあった、という事実を本作は鋭く指摘している。

その法律とは1968年、ドイツ連邦議会において可決された秩序違反法施行法と、それに伴う刑法50条の一部改正法〈ドレーアー法〉。
当初は犯罪を強要・実行する「謀殺」罪と、その「謀殺」犯の指示・命令によって犯罪を犯す「故殺」罪とを区別し、量刑に差をつけることを目的として制定された法律だった。

ところが、この法律がナチスの戦争犯罪に適用されると、「謀殺」とされるのはヒトラー、ヒムラー、ゲーリングら最高司令部の一部トップのみに限定され、直接ホロコーストに関わった党員たちは「故殺」にとどまってしまう。
しかも、このドレーアー法には公訴時効があり、「謀殺」が20年、「故殺」が15年とされていて、本作の舞台となる2001年にはほとんどすべての元ナチス党員が時効を迎えていた。

これほどの悪法が放置されていても良いのか、という疑問を現実のドイツ社会にぶつけているところが、本作の最大の見どころである。
同名原作小説の著者フェルディナント・フォン・シーラッハは刑事事件専門の弁護士として辣腕をふるい、俳優クラウス・キンスキーの名誉毀損事件などを担当したことでも知られる。

また、本作に登場するヨハナ・マイナーのように、ヒトラー・ユーゲント最高指導者バルドゥール・フォン・シーラッハを祖父に持つというバックボーンの持ち主。
2009年に作家デビューし、2年後に本作の原作でこれまでドイツ法曹界では誰も真っ向から指摘できなかったドレーアー法の不備と矛盾を突いて、ドイツ国内で轟々たる反響を巻き起こしたという。

どんでん返しのためのどんでん返しにとどまっていないクライマックスの展開には久しぶりに息を呑んだ。
ライネンとマッティンガーの白熱の議論もまことに強烈。

採点は85点。

新宿武蔵野館、恵比寿ガーデンシネマなどで公開中

2020劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)

5『Fukushima 50 フクシマフィフティ』(2020年/東宝)80点
4『スキャンダル』(2019年/米)75点
3『リチャード・ジュエル』(2019年/米)85点
2『パラサイト 半地下の家族』(2019年/韓)90点
1『フォードvsフェラーリ』(2019年/米)85点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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