BS世界のドキュメンタリー『エボラ出血熱 その謎に迫る』(NHK-BS1)

Ebola The Search for a Cure 50分 2014年 イギリス=BBC制作
初回放送:2014年11月28日(金)午後8時〜
再放送(4回目):2020年4月17日(金)午前0時50分〜

新型コロナウイルスの世界的大流行(パンデミック)を受け、NHKが繰り返し再放送している感染症ドキュメンタリーの1本。
2013年に西アフリカで最初の患者が発生し、翌14年から瞬く間に西アフリカに広がったエボラ出血熱の感染拡大、患者の治療と封じ込めに奔走した医療従事者の姿が描かれている。

感染者第1号は2013年12月、ギニア奥地の村で猛烈な発熱、激しい下痢と嘔吐に見舞われて死んだ少年だった。
彼の母親や姉、家族の看病をしていた看護師まで次々に亡くなり、彼らの葬儀に参列した人たちを介して、隣村、さらにその隣村の住人へとこの致死率の高い難病が広まっていく。

しかし、この病気がエボラ出血熱による感染症だと判明したのは、実に3カ月後の2014年2月。
ギニアの医師たちにとっては未知のウイルスだっために原因が特定できず、のちにこの事態を知ったアメリカ疾病対策センター(CDC)の調査と封じ込めも後手を踏んでしまう。

感染者第1号が死亡してから107日後には死者が29人に達し、3日半に1人ずつ死んでいった計算になる。
2014年3月末、BBCのカメラはエボラ出血熱で路上に倒れ、動けなくなっている人たちの無残な姿を映し出す。

ギニア郊外の荒地に建てられたエボラ治療センターは、ビニールシートのテントを並べただけの粗末で不潔な代物。
このころにはギニアの患者たちも感染に神経過敏になっていて、国境なき医師団の看護師が訪ねると、エボラに感染死した医師がトイレで倒れたまま、運び出されずに数日間放置されていたという。

エボラ出血熱のウイルスが特定されたのは非常に古く、1976年のこと。
当時ベルギーのアントワープ熱帯医学研究所に勤めていたピーター・ピオット(現ロンドン大学衛生・熱帯医学大学院学長ピーター・ピオット)らの専門家チームが中央アフリカ・ザイールの首都キンシャサへ調査に出かけ、このウイルスを発見した。

ピオットたちがキンシャサ奥地のキリスト教伝道施設へ行くと、そこではすでに修道女など15人以上が犠牲になっていて、息も絶え絶えの患者たちはピオットらに「私たちに近づくな、あんたたちも死ぬぞ!」と叫んだという。
エボラとは、この施設の近くを流れる川の名前にちなんでつけられたものだ。

ウイルスが広まった原因は、注射針を消毒せずに使い回す劣悪な医療環境、亡くなった感染者の死体を葬儀の際に遺族が手で水洗いするという古くからの慣習にあることが判明。
東西冷戦時代には、エボラの猛毒性や高い致死率に目をつけた東西両陣営の軍部が細菌兵器にしようと計画し、実際に研究を重ねていた、ということも当時のニュースフィルムで紹介される。

エボラが西アフリカでふたたびパンデミックを引き起こした2014年4月には、患者第1号の死亡から124日後には死者105人、195日後にはさらに死者337人と加速度的に急増。
同年7月には、飛行機でリベリアからナイジェリアへ移動したアメリカ人男性の旅行者によって、ウイルスが人口1700万人の大都市ラゴスへ運ばれた。

男性はラゴス到着後5日で死に、当地で男性が接触した4人も亡くなって、さらに16人の感染者がいることが発覚。
エボラが飛行機で運ばれた事実は、WHOやCDCをはじめ、世界中の医療・保険機関に衝撃を与え、封じ込めと治療薬の開発が一刻を争う焦眉の急となった。

そうした中、感染が拡大した東アフリカのウガンダでは、エボラに感染しながらも2人に1人が奇跡的に回復するケースが出てくる。
彼らは生まれつきの強靭な免疫機能によって体内のウイルスを撃退したと見られていて、医療機関は彼らの血液を採取し、エボラに対する抗体を抽出して特効薬の開発に結びつけようとしている(本作放送時にはまだ開発に至っていない)。

一方、リベリアでは医療に従事していたアメリカ人医師2人がエボラに感染。
医師2人が勤務していたELWA病院の副院長ジョン・フランクハウザーは、シエラレオネで治療薬の研究を進めていたカナダ人医師ゲーリー・コビンジャー(現カナダ国立微生物学研究所員)に協力を求め、コビンジャーが開発中の新薬を提供してほしいと懇願する。

この新薬がなぜエボラをやっつけるのに有効なのか、エボラが細胞に食い込む突起が役に立たないように抗体を投与すればいいのだ、というコビンジャーの解説を、アニメーション画像でわかりやすく描いたくだりが興味深い。
しかし、この新薬は人間に対する臨床試験が行われていない未承認薬で、しかも2人分には量が足りなかった。

コビンジャーの研究と時間との戦いを描く終盤は、エボラをモデルにした映画『アウトブレイク』(1995年)を彷彿とさせる面白さだが、本作は「なぜそれほどの特効薬をアフリカ人患者ではなくアメリカ人医師に優先的に投与したのか」という疑問も示している。
また、これまでエボラの流行が地域的に限定されてきたのは、宿主が死ぬとウイルス自体も死んでしまうためで、本作放送時、決定的な特効薬やワクチンの開発には至っていない。

本作の最後には、「患者第1号の脂肪から279日後、死者2296人」と空恐ろしくなるようなテロップが出て、「犠牲者の数はいまも増え続けている」というナレーションが流れる。
日本における新型コロナ患者の死者が、この数に並ばないという保証はどこにもない。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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