阿部牧郎の野球小説を読む②『失われた球譜』

文藝春秋 文春文庫 第1刷1988年5月10日 定価360円/現在は古書のみ

表題作『失われた球譜』は、昔高校球児で、いまではテレビ局で甲子園の高校野球中継を担当しているディレクターが主人公。
彼の父親は大正4年に甲子園で行われた第1回旧制中学野球大会、秋田中との決勝戦に京都二中の一塁手として出場していた。

その試合で1-1の同点で迎えた延長十三回にタイムリーエラーをしてしまい、サヨナラ負けを喫したという過去があった。
しかし、当時の新聞記事の戦評では、父親がどのような失策をしたのかがわからない。

父親は飲んだくれで、エラーについて息子が何度聞いても何も語らないまま、不遇な人生の果てに他界してしまった。
やがて、ふとしたことでその試合を見ていた老人と知り合った主人公は、意外な事実を知らされる。

どうやら、父親のエラーは単純なミスだったわけではないらしい。
もしかしたら、当時のチームメートをかばうため、自分が汚名を背負ったままにしていたのではないか。

こうして、主人公は新聞の片隅にしか残っていないスコアとテーブルの裏側に隠された真相を探り出そうとする。
この作品は直木賞候補になった。

プロ野球を描いた短編では『ある男の熱球』が秀逸。
元野球少年が主人公で、村山実に人一倍の思い入れを持ち、様々な苦労をしながら出世してゆく泥臭い生き様が、村山のデビューする前から引退するまでの野球人生に重ね合わせて描かれる。

主人公の目には村山の投球がどのように映じ、どれほど生きる力となっていたか。
熱さと優しさが綯い交ぜになった阿部さんならではの文章が素晴らしい。

2019読書目録
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

18『南海・島本講平の詩』(1971年/中央公論社)※
17『カムバック!』テリー・プルート著、廣木明子訳(1990年/東京書籍)※
16『ボール・フォア 大リーグ・衝撃の内幕』ジム・バウトン著、帆足実生訳(1978年/恒文社)
15『ショーケン 最終章』萩原健一(2019年/講談社)
14『頼むから静かにしてくれ Ⅱ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
13『頼むから静かにしてくれ Ⅰ』レイモンド・カーヴァー著、村上春樹訳(2006年/中央公論新社)
12『試合 ボクシング小説集』ジャック・ロンドン著、辻井栄滋訳(1987年/社会思想社 教養文庫)
11『ファースト・マン 月に初めて降り立った男、ニール・アームストロングの人生』ジェイムズ・R・ハンセン著、日暮雅通・水谷淳訳(2019年/河出文庫)
10『平成野球30年の30人』石田雄太(2019年/文藝春秋)
9『toritter とりったー』とり・みき(2011年/徳間書店)
8『Twitter社会論 新たなリアルタイム・ウェブの潮流』津田大介(2009年/洋泉社)
7『極夜行』角幡唯介(2018年/文藝春秋)
6『力がなければ頭を使え 広商野球74の法則』迫田穆成、田尻賢誉(2018年/ベースボール・マガジン社)
5『OPEN アンドレ・アガシの自叙伝』アンドレ・アガシ著、川口由紀子訳(2012年/ベースボール・マガジン社)
4『桜の園・三人姉妹』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
3『かもめ・ワーニャ伯父さん』アントン・チェーホフ著、神西清訳(1967年/新潮文庫)
2『恋しくて』リチャード・フォード他、村上春樹編訳(2016年/中公文庫)
1『月曜日は最悪だとみんなは言うけれど』ティム・オブライエン他著、村上春樹編訳(2006年/中央公論新社)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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