『テナント 恐怖を借りた男』(WOWOW)

(The Tenant/126分 1976年 フランス 日本劇場未公開 ビデオソフト発売=VHS:1986年 DVD:2015年)

ロマン・ポランスキーのキャリアの中では、国際的評価を高めた『チャイナタウン』(1974年)と『テス』(1979年)の間に位置する作品。
当時は日本でも異色のヒットメーカーとして注目を集めていたが、本作は配給会社に地味で難解と見られたのか、劇場公開が見送られ、製作から10年後にやっとビデオソフトが販売された。

監督・主演のポランスキー扮する主人公トレルコフスキーはポーランド系フランス人の設計技師。
彼がパリ13区の下町で古びたアパートの一室を借りようとしたところ、管理人の女性(シェリー・ウィンタース)に、以前の借主だった女性シモーヌ・シュールが窓から投身自殺を図り、瀕死の状態にあると告げられる。

大家のズィー(メルヴィン・ダグラス)は厳格なようでいて嫌味ったらしく、人種差別主義者でもあるらしい。
トレルコフスキーが入院中のシモーヌを見舞いに行くと、彼女は全身を包帯に巻かれ、男のように太い声で絶叫を始めた。

シモーヌを見舞いにきていた彼女の友人ステラ(イザベル・アジャーニ)はショックを受けて泣き出してしまい、トレルコフスキーは成り行き上、彼女を誘ってワインを一杯おごる。
そして、ふたりして映画館へ行き、『燃えよドラゴン』(1973年)を観ていると、ステラはトレルコフスキーの股間に手を伸ばしてきた。

いきなりブルース・リーが出てきたのには面食らったが、あとで調べてみたら、リーはかつてポランスキーの格闘技のインストラクターを務めていた。
こうした点描からもわかるように、本作にはポランスキーの個人的な記憶や体験が随所に反映されている。

その後、シモーヌは病院で死亡し、トレルコフスキーはそのまま店子に収まる。
だんだん怖くなってくるのはこのあたりからで、トレルコフスキーが彼女の葬儀が行われている教会に行くと、神父の述べている悔やみの言葉が次第に汚い言葉の羅列に変わる。

アパートの部屋の向かい側にある共同便所にはいつも誰かが入っていて、窓からトレルコフスキーを監視しているようだ。
さらに、様々な住人が押しかけてきては、「夜中に騒音を立てるな」「別の住人を追い出すための署名に協力してほしい」などと言い立てる。

そうこうするうち、トレルコフスキーは自分もシモーヌのように自殺に追い込まれるのではないかという恐怖に苛まれるようになる。
彼がシモーヌの残した娼婦のようなドレスを身に纏い、ウィッグをかぶって、化粧品でメイクをする場面が実に不気味。

周囲の人間たちがすべて敵で、自分が陥れられていると思い込み、精神を破綻させてゆく主人公の姿とその過程は、ポランスキー初期の傑作『反撥』(1965年)や『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)と似ている。

そうした描写の背景にあるのは、ポランスキーが少年だった第2次世界大戦時代、ドイツ占領下に置かれたポーランドのゲットー(ユダヤ人強制隔離地区)に押し込められていた経験だろう。
ポランスキーはナチスの迫害から逃れるため、ヴィシー政権下のフランスに移り住むが、ここでユダヤ人狩りから逃れるのに必死だった。

当時のヨーロッパ社会におけるユダヤ人差別と迫害によって培われたポランスキー独自の世界観、歴史観、人生観が、本作には凝縮されている。
それを言葉で詳しく説明することなく、画面に横溢した異様な迫力と緊張感でしっかりと伝えてくるのは、さすが鬼才ならではの手腕と言えよう。

ただし、エンターテインメントや文芸作品としての完成度が高い『チャイナタウン』や『テス』と違い、一度観ただけではわかりにくいのも確か。
ポランスキーという映像作家に興味がない人にとっては、いささか退屈な映画に見えるかもしれない。

オススメ度B。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2019リスト
A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)

48『友罪』(2018年/ギャガ)D
47『空飛ぶタイヤ』(2018年/松竹)B
46『十一人の侍』(1967年/東映)A
45『十七人の忍者 大血戦』(1966年/東映)C※ビデオソフト無し
44『十七人の忍者』(1963年/東映)C
43『ラプラスの魔女』(2016年/東宝)C
42『真夏の方程式』(2013年/東宝)A
41『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』(2018年/米)B
40『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年/米)B
39『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年/米)C
38『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(2017年/米)D
37『デッドプール2』(2018年/米)C
36『スキャナーズ3』(1991年/加)C
35『スキャナーズ2』(1991年/米、加、日)C
34『スキャナーズ』(1981年/加)B
33『エマニエル夫人』(1974年/仏)C
32『死刑台のエレベーター』(1958年/仏)B
31『マッケンナの黄金』(1969年/米)C
30『勇気ある追跡』(1969年/米)C
29『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年/米)A
28『ドクトル・ジバゴ 』(1965年/米、伊)A
27『デトロイト』(2017年/米)B
26『クラッシュ』(2004年/米)A
25『ラ・ラ・ランド』(2016年/米)A
24『オーシャンズ13』(2007年/米)B
23『オーシャンズ12』(2004年/米)C
22『オーシャンズ11』(2001年/米)B
21『オーシャンと十一人の仲間』(1960年/米)B
20『マッキントッシュの男』(1973年/米)A
19『オーメン』(1976年/英、米)B
18『スプリット』(2017年/米)B
17『アンブレイカブル 』(2000年/米)C
16『アフター・アース』(2013年/米)C
15『ハプニング』(2008年/米)B
14『麒麟の翼〜劇場版・新参者』(2912年/東宝)C
13『暁の用心棒』(1967年/伊)C
12『ホテル』(1977年/伊、西独)C※ビデオソフト無し
11『ブラックブック』(2006年/蘭)A
10『スペース・ロック』(2018年/塞爾維亜、米)C
9『ブラックパンサー』(2018年/米)A
8『ジャスティス・リーグ』(2017年/米)C
7『ザ・リング2[完全版]』(2005年/米)C
6『祈りの幕が下りる時』(2018年/東宝)A
5『ちはやふる 結び』(2018年/東宝)B
4『真田幸村の謀略』(1979年/東映)C
3『柳生一族の陰謀』(1978年/東映)A
2『集団奉行所破り』(1964年/東映)B※ビデオソフト無し

1『大殺陣』(1964年/東映京都)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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