『盲獣』江戸川乱歩

 前項の映画版『盲獣』があまりに面白く、乱歩の原作小説を未読だったことに気づき、すぐにヨドバシドットコムで取り寄せ、がっつくように読んでみた。
 が、正直なところ、展開が行き当たりばったりで、売れっ子作家のやっつけ仕事を読んでいるような気分になった。

 映画版に比べ、主人公のキャラクターが深みに欠けるのが最大の欠点。
 全盲の殺人鬼の犠牲者になる女性が、浅草のダンサー、年増の有閑マダム、若くて冒険好きな未亡人、さらに伊豆の健康的な海女たちと、バラエティーに富んでいるのはいいとして、だんだん殺人の描写が粗雑で悪趣味になってくる。

 とくに、「芋虫ゴロゴロ」では若い未亡人をバラバラにして湯船に投げ込んだり、「鎌倉ハム大安売り」では海女の身体をハムにして売りさばいたりと、内容があまりに下品なら各章の小見出しも悪ふざけが過ぎる。
 ただし、最後に主人公が遺作の彫像を披露し、触覚による芸術の素晴らしさを遺書で訴える、という趣向だけは映画版『盲獣』をしのぐ見事さで、大いに唸らされた。

 もっとも、乱歩自身による巻末の自註自解を読むと、これも雑誌〈朝日〉での連載中、苦し紛れに思いついたものという。
 その上で、本作を「失敗作」と断じているところは、さすが大家らしい潔さと言うべきかしらん。

 併録されている『地獄風景』は『パノラマ島綺談』の焼き直しで、平凡社版乱歩全集の付録として書かれたもの。
 犯人当ての懸賞がついているところが楽しいが、これもやっぱり悪ノリが鼻についた。

(発行:東京創元社 創元推理文庫/乱歩傑作選14 
 1刷:1996月2月16日 9刷:2017年5月26日 定価:660円=税別
 初出:『盲獣』1931年2月~1932年3月/博文館〈朝日〉
    『地獄風景』1931年5月~1932年4月/平凡社〈江戸川乱歩全集〉全集付録冊子連載)

2018読書目録

21『かわいい女・犬を連れた奥さん』アントン・チェーホフ著、小笠原豊樹訳(初出1896年~/新潮社)
20『カラマーゾフの兄弟』フョードル・ドストエフスキー著、原卓也訳(初出1880年/新潮社)
19『マリア・シャラポワ自伝』マリア・シャラポワ著、金井真弓訳(2018年/文藝春秋)
18『スポーツライター』リチャード・フォード (1987年/Switch所収)
17『激ペンです 泣いて笑って2017試合』白取晋(1993年/報知新聞社)
16『激ペンだ! オレは史上最狂の巨人ファン』白取晋(1984年/経済往来社)
15『戦国と宗教』神田千里(2016年/岩波書店)
14『陰謀の日本中世史』呉座勇一(2018年/KADOKAWA)
13『無冠の男 松方弘樹伝』松方弘樹、伊藤彰彦(2015年/講談社)
12『狐狼の血』柚月裕子(2015年/KADOKAWA)
11『流』東山彰良(2015年/講談社)
10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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