『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』

The Post

 ロードショー公開時に見逃してしまったので、近所の名画座ギンレイホールに回ってくるのを一日千秋の思いで待っていたスピルバーグの最新作。
 初日の8月25日、朝11時50分の回を見ようと思ったらもう立ち見が出ていると言われ、いったん家へ帰って出直し、15時55分の回で鑑賞した。

 このタイトルからして、てっきり1971年にペンタゴン・ペーパーズをスクープしたニューヨーク・タイムズの内幕を描いた映画かと思っていたのだが、舞台となっているのは後追いで機密文書を掲載したワシントン・ポストのほう。
 従って、主役も文書を漏洩したランド研究所のダニエル・エルズバーグやタイムズの敏腕記者ニール・シーハンではない。

 というところまでは仕方がないとして、主人公がポストの編集主幹ビル・ブラッドリー(トム・ハンクス)ではなく、社主のキャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)というのにはいささか面食らった。
 そう、これはジャーナリズムの実話ものというより、グラハムの奮闘ぶりを描いた女性映画なのですよ。

 ペンタゴン・ペーパーズが報道された当時、全国的有力紙として認知されていたNYタイムズに比べ、Wポストはまだまだ一ローカル紙の域を出ない存在だった。
 父親や夫と相次いで死別し、4人の子供を抱え、46歳でWポストの社主となったキャサリンは、タイムズに負けない部数と社会的信用を獲得すべく、株式公開に踏み切ろうとしていた。

 折しも、Wポストは当時の大統領ニクソンに批判的で、次女の結婚式の取材を拒否されたばかり。
 ホワイトハウス担当がコネを駆使して何とか1面に次女の花嫁姿を掲載したその日、はるかに上回る影響力を持ったNYタイムズがペンタゴン・ペーパーズをすっぱ抜く。

 激怒したニクソンは、NYタイムズの報道は国益と国民の安全を損なうものだと主張し、機密保護法違反だとして提訴。
 そうした最中、Wポストのベテラン記者ベン・バグディキアン(ボブ・オデンカーク)は、かつてランド研究所に勤めていたコネを生かし、内部告発者エルズバーグ(マシュー・リス)との接触に成功、ついにペンタゴン・ペーパーズの全コピーを入手することに成功する。

 しかし、タイムズが発行差し止め処分を受けたことから、フリッツ・ビーブ会長(トレイシー・レッツ)、アーサー・パーソンズ取締役(ブラッドリー・ウィットフォード)らWポストの経営陣は機密文書の掲載に猛反対。
 こんなものを載せたら寸前までこぎつけた株式公開がおじゃんになる、下手をしたら会社そのものが潰されかねない、と社主のキャサリンに詰め寄る。

 このクライマックスは、さすがストリープの名演技とスピルバーグの演出力で、結論がわかっていても惹き込まれる。
 経営陣との激論の果て、深夜の〆切間際にキャサリンが最終決断を下すと、指示を待つ印刷所の責任者にブラッドリーが電話をかけ、”Run!”(いけ!)と号令。

 次から次へと新聞が印刷されてゆき、地下にある輪転機の振動が階上の編集部フロアにも伝わって、タイプライターに向かっていたバグディキアンが達成感に溢れた笑みを浮かべる。
 …という畳み掛けるようなエンディングは、さすがジス・イズ・ハリウッド! というべきカタルシスを感じさせる。

 ただし、だから素直に感動できるかとなると話は別で、作品のそこここに嚥下しかねるあざとさが鼻につく。
 モデルとなった事件から47年後、21世紀の現代にこういう映画がつくられた背景にはもちろん、トランプ大統領、及び共和党政権と米国マスコミ、及びハリウッド映画界との深刻な対立がある。

 とりわけストリープは反トランプ派の急先鋒として知られ、2017年のゴールデングローブ賞授賞式で、トランプという名前を出さず(ここが重要)にトランプを批判。
 このストリープの発言に対し、トランプがツイッターで「ヒラリー(・クリントン元民主党大統領候補)の腰巾着」「過大評価されている女優」とやり返したことは記憶に新しい。

 ニクソンはトランプと同じ共和党の大統領で、本作に描かれている姿もやたらに傲慢かつ居丈高。
 ホワイトハウスの執務室で「Wポストを出入り禁止にしろ!」とわめき散らしているところは、CNNはホワイトハウスから締め出したトランプを容易に想起させる。

 また、その姿をテレビ局の隠し撮りみたいに背中のシルエットだけで表現しているのは、恐らく顔を見せないことによってトランプのイメージとダブらせ、より強烈に印象付けようとしているためだろう。
 GG賞授賞式でトランプの名前を出さず、「これから最高権力者の座に就こうとしている人物が」などという言い回しでトラ
ンプを批判したストリープのやり方と同じだ。

 ストリープが演じたキャサリン・グラハムは確かに立派な女性だったかもしれないが、だからと言ってニクソンをトランプと一緒くたにするような描き方には大いに違和感を感じる。
 作品としての完成度は評価するけれど、そうしたあざとさが始終鼻に突いて、私としては好きになれませんでした。

 採点75点。

(2017年 アメリカ=ユニバーサル・ピクチャーズ、20世紀FOX/日本配給2018年 東宝東和 116分)

※50点=落胆 60点=退屈 70点=納得 80点=満足 90点=興奮(お勧めポイント+5点)

2018劇場公開映画鑑賞リスト
4『万引き家族』(2018年/ギャガ)85点
3『カメラを止めるな!』(2017年/ENBUゼミナール、アスミック・エース)90点
2『孤狼の血』(2018年/東映)75点
1『グレイテスト・ショーマン』(2017年/米)90点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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