『流』東山彰良

 吉田修一の『路(ルウ)』(2012年)より2世代から3世代前の台湾人を主人公とした青春大河小説。
 昨年12月に初めて台湾に行って以来、彼の国に対する興味がいまなお続いていて、この文庫版も近所の書店で見かけるや、早速買って読んでみた。

 本作で直木賞を受賞した著者の東山彰良は、本名を王震緒という台湾人。
 家庭の事情からか、台北に生まれたのち、日本と台湾を往き来しながら少年期を過ごしたという。

 主人公の葉秋生はそんな著者の分身だろう。
 中国の片田舎にやってきた彼が、祖父・葉尊麟の悪行を記した石碑を目の当たりにするところから物語は始まる。

 秋生は17歳だった1975年、風呂場で何者かに殺された祖父の死体を発見。
 犯人の正体も行方も杳として知れず、いつか自分で祖父の仇を見つけ出してやる、という思いを秘めたまま、様々な人生の障壁を乗り越え、傷つきながらも逞しく生きてゆく秋生の姿が描かれる。

 最初はごく普通の青春小説かと思ったら、女の幽霊が出てきたり、凶暴なゴキブリや小さな小人の兵士が暴れ回ったり、幻想的なエピソードが次から次へと頻出する。
 とりわけ、秋生を悩ませるお化けの描写が妙に生々しくて面白い。

 それらがいちいちリアルに感じられるのは、著者が当時の台湾人の生活の現実をきっちり描写しているからこそ。
 なにしろ、主人公が大便をする姿はもちろん、その大便を落とす便所に残されたものまで書き込まれているのだ。

 この小説からは、血、汗、唾と、当時の台湾人が漂わせていた生活臭が行間から立ち上ってくるようである。
 親友・趙戦雄、恋人・毛毛、さらに祖父を殺害していた意外な人物など、秋生の人生を彩る脇役も大変魅力的。

 この時代の青春映画で言えば、『路(ルウ)』を東宝とするなら、『流』は間違いなく東映だろう。
 台湾に興味のある方はもちろん、そうでない方にもぜひ一読をお勧めしたい。

(発行:講談社 講談社文庫 初版第1冊:2017年7月14日 定価:880円=税別
 単行本発行:講談社 2015年5月)

2018読書目録

10『炎と怒り トランプ政権の内幕』フランク・ウォルフ著、関根光宏・藤田美菜子他10人訳(2018年/早川書房)
9『カシタンカ・ねむい 他七篇』アントン・チェーホフ著、神西清訳(初出1887年~/岩波書店)
8『子どもたち・曠野 他十篇』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1888年~/岩波書店)
7『六号病棟・退屈な話 他五編』アントン・チェーホフ著、松下裕訳(初出1889年~/岩波書店)
6『最強軍団の崩壊』阿部牧郎(1980年/双葉社)
5『女子プロレスラー小畑千代 闘う女の戦後史』秋山訓子(2017年/岩波書店)
4『白鵬伝』朝田武蔵(2018年/文藝春秋)
3『ザナック/ハリウッド最後のタイクーン』レナード・モズレー著、金井美南子訳(1986年/早川書房) 
2『テトリス・エフェクト 世界を惑わせたゲーム』ダン・アッカーマン著、小林啓倫訳(2017年/白楊社)
1『路(ルウ)』吉田修一(2012年/文藝春秋)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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